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社会保障基本法案の内容と解説(1)

社会保障基本法前文

 日本国憲法は25条1項で「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」の保障を明記し、同条2項は「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と規定して、国及び地方公共団体の社会福祉・社会保障等における公的責任を明らかにしている。この憲法25条に基づいて、個々人に「健康で文化的な最低限度の生活」を権利として保障する制度が社会保障である。そもそも、社会保障は、一部の生活困窮者に対し恩恵として行われるものではなく、すべての者に権利として保障されるべき生活保障の制度である。そして、社会保障による生活の安定の実現は、日本国憲法が前文で掲げる恒久平和の実現に寄与しうると信ずる。
 われわれは、すべての者が、ひとしく貧困と欠乏から免れ、個人として尊重され、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利があること、国及び地方公共団体の行う、すべての社会保障施策は、この権利の実現のために実施されなければならないことを、ここに宣言し、この社会保障基本法を確定する。

〔解説〕
 すべての者が貧困と欠乏から免れ、個人として尊重され、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利があることは、日本国憲法13条、25条の規定からも明らかである。そして、その前提として、すべての者が社会保障の権利を有することは、世界人権宣言22条や経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(国際人権(A)規約)9条でも明記されており、国際的にも承認されている。前文は、社会保障の実現が、すべての者の権利であること、それが恒久平和の実現にも寄与しうることを確認するとともに、社会保障の権利をはじめ社会保障の基本理念を定めた、本社会保障基本法が、国及び地方公共団体の行う、すべての社会保障施策の基本指針になるべきことを宣言したものである。
     
第1章 総則
(目的)
第1条 この法律は、日本国憲法25条を具体化するため、社会保障施策に関する基本的理念を定め、国及び地方公共団体の社会保障実施における責務及び日本に居住するすべての者(以下「すべての者」という。)の社会保障に関する権利を明らかにするとともに、社会保障の費用負担と管理の基本指針を定めること等により、社会保障の拡充を図り、もってすべての者の生活の安定と福祉の増進に資することを目的とする。

〔解説〕
1.日本国憲法25条の具体化
(1) 日本国憲法25条の具体化の意味
 日本国憲法は、25条1項で「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」の保障を明記し、同条2項は「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と規定し、国(都道府県や市町村など地方公共団体も含む)の社会保障等における公的責任を明らかにしている。
  本条は、本法が、憲法25条にいう「健康で文化的な最低限度の生活」を、国や地方公共団体の公的責任によって、個々人に保障することを目的とするものであることを確認したものである。

(2) 憲法25条1項の生存権規定の法的性格
 もっとも、憲法25条1項の規定する「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」、すなわち生存権の法的性格については、学説上争いがあり、戦後の憲法学では、プログラム規定説、抽象的権利説、具体的権利説の3説が唱えられてきた。
 このうち、プログラム規定説は、憲法25条は、国に対して、政治的、道義的義務を課したにとどまり、国民に裁判上救済を受ける具体的な権利を付与したものでないとする説で、初期の学説や最高裁の立場(最判昭和23年9月29日刑集2巻10号1235頁参照)であった。しかし、朝日訴訟第1審判決(東京地判昭和35年10月19日行集11巻10号2921頁)を契機に、学説では、従来のプログラム規定説に代わり、生存権規定の裁判規範性を明確に認める法的権利説が登場し、活発な議論が展開された。そして、この法的権利説も抽象的権利説と具体的権利説の2説に区分され、前者の抽象的権利説は、生存権を具体化する法律がある場合には、その裁判規範性が充足され、当該法律に基づく訴訟において憲法25条を援用できるとする。これに対して、具体的権利説は、憲法25条は、その規範内容の保障を請求できる具体的な権利を個々の国民に認めており、生存権規定を具体化する立法がなくても、立法の不作為の違憲確認訴訟が提起できるとする。
 その後、一通りの社会保障立法が整備されてくると、生存権を具体化する法律が存在しない場合に、立法の不作為の違憲性を争いうるかを主要争点とした抽象的権利説と具体的権利説との相違はその実質的意義を失い、生存権規定が裁判規範性をもつことを前提として、いかなる訴訟類型において、いかなる違憲審査基準によって生存権が裁判上保障されるかの問題を検討すべきとの主張がなされるようになり(1)、生存権をめぐる学説の争点は、生存権の法的性格をめぐる議論から違憲審査基準のあり方などの議論に移行していく。
  今日の学説では、プログラム規定説はみあたらず、生存権の裁判規範性を認めたうえで、抽象的権利説を通説とし、具体的権利説を少数説とする分布をなしているとされる(2)。

(3) 違憲審査基準をめぐる問題
 生存権保障に関する違憲審査基準の議論は、堀木訴訟控訴審判決(大阪高判決昭和5
0年11月10日行集26巻10=11号1286頁)が、憲法25条1項・2項分離論(以下「分離論」という)を展開したのを契機に、活発化する。もともと、分離論は、憲法25条1項が公的扶助(生活保護)である救貧施策、同条2項がその他の社会保障施策など防貧施策を定めたものとし、後者については司法審査が及ばないとする議論で、1970年代はじめから社会保障訴訟において国側が主張してきたものである(3)。憲法学説では、分離論の当否には争いがあり、特に前記堀木訴訟控訴審判決については、1項に関わる生活保護以外の社会保障施策に対する司法審査の可能性を遮断するものとして批判が多い(4)。
 ただ、分離論が、少なくとも憲法25条1項の「最低限度の生活」保障にかかわる法律については、厳格な違憲審査基準の適用の可能性を示唆している点は注目される。それを受けて、たとえば、外国籍保持者に対する障害福祉年金の支給の可否が争われた塩見訴訟第1審判決(大阪地判昭和55年10月29日行集31巻10号2274頁)では、25条1項の「健康で文化的な最低限度の生活」には「絶対性のある基準」があるとして厳格な審査をすべき可能性を示唆し、2項に基づく防貧施策に関する立法裁量の当否も、一項的な救貧施策と関連づけて立法されている場合は、その限度で、厳格な審査に服するとしたからである。
 分離論とはやや異なるが、学説でも、25条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」のなかに、人間としてのぎりぎりの「最低限度の生活」の保障を求める権利と、より快適な生活保障を求める権利の双方が含まれると解し、前者には、より厳格な審査基準が適用されるとの主張もなされている。(5)、総じて、現在の学説では、「最低限度の生活」の保障については、比較的厳格な司法審査が及び、それを上回る水準の生活保障については、広い立法裁量を認める「審査基準の二分論」が有力となっている。

(4) 判例の立場
 判例では、堀木訴訟最高裁判決(最大判昭和57年7月7日革36巻7号1235頁)が、朝日訴訟最高裁判決(最大判昭和42年・5・24民集21巻5号1043頁)を援用しつつ、憲法25条の具体化にあたり立法府の広い裁量(朝日訴訟の場合は厚生大臣の裁量=行政裁量)を認めて、「裁量の逸脱・濫用」があった場合にのみ司法審査が及ぶとする「広い立法裁量論」を採用し、これが法理として確立している。
  広い立法裁量論により生存権保障に関する司法審査を極端に限定する、この堀木訴訟最高裁判決の影響力は絶大で、前述の塩見訴訟の上告審判決(最判平成元年3月2日判例時報1363号68頁)など、その後の憲法25条をめぐる生存権訴訟の最高裁判決には必ず引用され、憲法25条違反の主張を排斥する、きわめて強力な法理となっている。
 しかし、この法理では、裁判所が、社会保障関連立法の合憲性を「裁量の逸脱・濫用」と判断する余地はほとんどなくなってしまい、これでは、生存権規定の裁判規範性を認めないプログラム規定説と同じことになりかねない。

(5) 基本法の意義--広い立法裁量論への歯止め
 本法第1条で規定している法の目的規定は、以上のような生存権規定をめぐる学説や判例の動き、とりわけ近年の社会保障構造改革の進行と並行する裁判での広い立法裁量論の横行に歯止めをかける違憲審査基準の設定、解釈の枠組みを提示することをめざしている。「日本国憲法25条を具体化するため、社会保障施策に関する基本的理念を定め」という文言、ならびに「国及び地方公共団体の社会保障実施における責務及び日本に居住するすべての者(以下「すべての者」という。)の社会保障に関する権利を明らかにする」という文言は、かかる意味を含んでいる。


(1) 中村睦男=永井憲一『生存権・教育権』(法律文化社、1989年)73頁参照〔中村睦男執筆〕。
(2) 棟居快行「生存権の具体的権利性」長谷部恭男編『リーディングス現代の憲法』(日本評論社、1995年)167 頁参照。
(3) 木下智史「生存権保障と違憲審査基準」法学教室 218号(1998年)85頁。
(4) たとえば、籾井常喜『社会保障法』(総合労働研究所、1972年)95頁以下参照。
(5) 中村=永井・前掲注(1) 75頁〔中村執筆〕、中村睦男「生存権と社会保障制度」ジュリスト1192号(2001年)129 頁などをそれぞれ参照。

2.社会保障施策の基本的理念
 国や地方公共団体の公的責任によって、憲法25条を具体化するために行われる社会保障施策の基本的な指針となる理念をいう。

3.社会保障実施における国・地方公共団体の責務
 社会保障実施における国・地方公共団体の責任は、憲法25条2項に、社会保障の「向上及び増進に努めなければならない」と規定されている責務をさす(第4条解説参照)。

4.「日本に居住するすべての者」
 実態として日本国に滞在するすべての人をいう。したがって、日本国籍をもたない外国人、滞在期間を経過した不法滞在の外国人も含む。
  日本国憲法25条1項は、前述のように、「すべて国民」としており、この「国民」とは、日本国籍を有する者と解されている。そして、外国人への日本の社会保障の適用については、最高裁も、前述の塩見訴訟判決において「社会保障上の施策において在外外国人をどのように処遇するかについては、国は、特別の条約の存しないかぎり  その政治的判断によりこれを決定することができるのであり、その限られた財源の下で福祉的給付を行うに当たり、自国民を在留外国人より優先的に扱うことも許されるべき」としている。
 しかし、学説では、25条の生存権を「社会構成員の権利」とみなし、定住外国人に対しては、日本国民とほぼ同様の立法措置が憲法上求められると解する学説が有力である。
国際人権規約A規約は9条において「この規約の締結国は、社会保険その他社会保障についてのすべての権利を認める」と規定していること、生存権が、まさに生きる権利、もしくは他国において死なない権利であるという意味で根本的なものであること、国籍の保持が、本人の意図とは関係なく偶然的に決定されるものであることを考えれば、最高裁の立場は妥当ではない(もっとも、最高裁も、その後、立法裁量の範囲についてはやや柔軟な解釈を示している)。
 ここで「居住するもの」とは、日本に一定期間滞在し日本で実質的に生活を営む全てのものをさしている。上記のように「国籍保持者」よりは広い範囲を含み、同時に、短期の旅行者などは含まれない。たとえ不法滞在の外国人であろうが、日本に滞在するすべての者は「社会保障に関する権利」主体となりうると解すべきである。

5.「社会保障に関する権利」
 憲法25条にいう「健康で文化的な最低限度の生活」を営むうえで必要な社会保障の給付を請求する権利、憲法13条に基づいて個人としての尊厳にふさわしい処遇を受ける権利(第3条解説参照)、自己決定と選択の自由、情報提供を求める権利、手続的権利、費用負担の減免を求める権利、争訟権などをいう(具体的な内容の解説は第2章参照)。

6.社会保障の費用負担と管理の基本指針
 社会保障の費用負担とは、社会保障の管理・運営などにかかる費用(具体的には給付費など)を国・地方公共団体が負担することを意味する。憲法25条2項の趣旨から、国・地方公共団体が、社会保障の管理・運営などについて公的責任を負うことは明らかであるが、この責任には、財政負担責任も含む。本法は、そうした財政負担や社会保障の管理・運営に関する基本指針を定めるものである。

(定義)
第2条 この法律において「社会保障」とは、日本国憲法25条をはじめとする憲法上の諸規定ならびに諸法令の規定に基づいて、すべての者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、それに欠ける原因の如何を問わず、国及び地方公共団体の責任において、すべての者の生活を安定的に保障する制度であって、以下の制度をさす。
一 公的扶助
「公的扶助」とは、健康で文化的な最低限度の生活を保障するため、国及び地方公共団体がその責任において行う扶助制度をいう。
二 社会保険
「社会保険」とは、保険方式を活用しつつ、公的責任の実現と社会連帯の理念のもとに、すべての者の生活上の事故に対して、健康で文化的な最低限度の生活を保障するための制度をいう。
三 社会福祉
「社会福祉」とは、主に非金銭的な給付により社会的不利(ハンディキャップ)を軽減ないし除去するために、その費用の全額を公費で賄う方法により医療やサービスの提供、支援を行う制度をいう。
四 社会手当
「社会手当」とは、生活保障や経済的支援が必要と考えられる特定の要件に該当する者に対して行われる無拠出の現金給付をいう。
五 住宅保障
「住宅保障」とは、すべての者の居住環境の安定を図るために、国及び地方公共団体の責任で行われる、住宅の確保や整備の促進などの施策をいう。
六 虐待防止と発達保障
「虐待防止」とは、人間としての尊厳を否定ないし脅かす虐待を防止し、虐待を受けた者を救済するため、国および地方公共団体の責任で行われる施策をいう。
「発達保障」とは、子どもの発達保障や育児負担の軽減のために、国及び地方公共団体の責任で行われる、保育や子育て支援の施策をいう。
七 保健事業
「保健事業」とは、国及び地方公共団体の責任で行われる、疾病への罹患・拡大を予防する生活・労働環境づくり、健診、保健知識の普及、予防接種、機能回復訓練などの事業をいう。

〔解説〕
1.社会保障の意義
(1) 日本国憲法25条をはじめとする法規の諸規定
 日本国憲法25条の生存権規定が、社会保障の基本的理念となることは異論がないが(憲法25条の生存権規定については、第1条の解説を参照)、本条は、憲法25条にとどまらず、他の憲法上の規定や諸法規の規定も、社会保障の根拠理念を構成することを確認したものである。具体的な憲法上の規定としては、個人の尊重を定めた13条(第3条の解説参照)、法の下の平等を定めた14条、家族生活における個人の尊厳と両性の平等を定めた24条、教育を受ける権利を定めた26条、勤労の権利等を定めた27条、労働者の団結権・団体行動権を定めた28条などが挙げられる。

(2) 「それに欠ける原因のいかんを問わず」の意味
 生活困窮に陥るなど、何らかの支援や援助が必要となった人については、疾病や老齢、失業など、その原因のいかんを問わず、その生活の保障を行うことをいう。生活保護法2条の無差別平等原則の意味とほぼ同義である。また、公費負担医療制度など、貧困、老齢、障害、難病その他の原因により社会的不利の立場に立つものに対する保障は、この無差別平等原則を実現する立場から、その費用は公費のみによって賄うべきなのである。
 なお、社会保障制度審議会の「社会保障制度に関する勧告」(1950年。以下「50年勧告」という)では、生活困窮の原因として、疾病、負傷、分娩、死亡、老齢、失業などが列挙されているが、勤労していても賃金など勤労報酬が低いことで生活に困窮している場合も当然含まれる。1960年代前半までは、勤労世帯の生活困窮に対して、生活保護制度が広範に適用されており、勤労世帯の「健康で文化的な最低限度の生活」は、社会保障のすべての制度に即して保障されなければならないことは当然である。

(3) 「健康で文化的な最低限度の生活」の水準と内容
 「健康で文化的な最低限度の生活」は、抽象的概念であり、その具体的内容を確定できるかについて、学説上争いがある。学説では、㈰その生活水準は、特定の国家の、特定の時期においては、客観的に存在しうるもので、科学的に算定することが可能とする説(1)と、㈪何が最低限度の生活水準であるかは、特定の時代の特定の社会において、ある程度客観的に決定できるとする説(2)とが存在している(㈪が有力説)。
 判例は、前述した朝日訴訟最高裁判決が「健康で文化的な最低限度の生活なるものは、抽象的な相対的概念であり、その具体的な内容は、文化の発達、国民経済の進展に伴って向上するのはもとより、多数の不確定的要素を総合考慮してはじめて決定できるもの」としており、具体的な生活水準については憲法から読み取ることはできないとの立場に立っている(3)。判例の立場に立てば、「健康で文化的な最低限度の生活」水準の確定には、高度の専門的判断が必要とされ、広い立法裁量が認められ、逆に、①説のような絶対的確定説の立場に立てば、客観的に確定される最低限度の生活水準については、立法裁量等の余地はなく、それを下回る立法や処分は違憲無効とされることとなろう。
 憲法学説で支配的な「ある程度」という留保つきで、客観的に確定できるとされる「健康で文化的な最低限度の生活」水準について、個別的な法律レベルで具体的考察を加える作業が課題として残されている。とくに所得保障にとどまらない介護保障等の「健康で文化的な最低限度の生活」水準を明確化していく作業が、重要な課題として残されている。本条では「健康で文化的な最低限度の生活」水準は、現行の生活保護基準がほぼ妥当するものと解し、また所得保障のみならず、たとえば適切な介護保障も「健康で文化的な最低限度の生活」の範疇に含まれると解している。


(1) 大須賀明『生存権論』(日本評論社、1984年)96頁参照。
(2) 芦部信喜(高橋和之補訂)『憲法〔第4版〕』(岩波書店、2007年)255 頁参照。
(3) 小山剛「生存権−生活保護基準の見直し」法学セミナー 593号(2004年)23頁。

2.社会保障の具体的内容
(1) 公的扶助
 公的扶助は、生活に困窮している者に対して、その者の健康で文化的な最低限度の生活を保障するため、国及び地方公共団体の公的責任において、全額公費負担で行う公的な扶助制度をさす。日本では、生活保護制度がこれに該当し、単に所得保障の制度というだけでなく、医療扶助(現物給付)なども含む制度となっている。
 ここで「健康で文化的な最低限度の生活」とは、生存が維持されるぎりぎりの最低限度の生活ではなく(1)、後述する憲法13条の精神(第3条解説参照)に照らして、人間としての尊厳が保たれる水準の文化的な生活を意味する。
 公的扶助は、最低限度の生活に必要な資産や所得の不足に対して必要に応じて扶助を行うもので、社会保険と異なり、拠出を要件とせず、全額公費(税)によって賄われている。それは生活困窮に陥った原因を問わず、最低生活を営めないという事実に基づいて給付を行うものであるが、最低限度の生活に必要な資産や所得の不足に対して扶助を行うものであるため、資産調査(ミーンズテスト)をともなう点に特徴がある。


(1) 同様の規定がある生活保護法の行政解釈でも、単に辛うじて生存を続けることができるという程度のものであってはならないこと、少なくとも人間としての生活を可能ならしめるという程度のものでなくてはならないとされている。小山進次郎『改定増補・生活保護法の解釈と運用〔復刻版」』(全国社会福祉協議会、1975年)115 頁参照。

(2) 社会保険
 社会保険は、生活困窮などの原因となるような生活上の事故を「保険事故」と構成し、保険方式を活用しつつ、「保険事故」に対し、公的責任の実現と社会連帯の理念のもと、すべての者が健康で文化的な最低限度の生活を営めるよう必要な給付を行う制度である。社会保険の対象となる「保険事故」は、所得の中断や喪失、出費の増大をまねくような一般的な危険(リスク)であり、前述の「50年勧告」が挙げている疾病、負傷、死亡、老齢、失業などが該当する。これらの保険事故に対応する形で、多くの国では、社会保険として、医療保険、失業保険、年金保険、労災保険が設けられている。日本でも、社会保険制度は、社会保障制度の中核をなしており、前記4保険に加えて介護保険がある。
  「保険方式」とは、被保険者が事前に保険料を拠出していることを条件に給付を行う
方式をいう。ただし、社会保険の場合は、社会保障の一環として、「最低限度の生活を営む権利」を保障するために、民間保険のような加入者個人についての給付と反対給付の対応関係は保持されず、全体としての収支の均衡が図られる点に特徴がある。
 「公的責任の実現」は、社会保険制度が、憲法25条2項に基づいて、国・地方公共団体の責任において維持・運営されなければならないことを意味する(第4条解説参照)。
社会保険は私保険と異なり、条件が該当するものを法によって強制加入させるものである。そのため、保険料は応能負担原則にしたがって徴収され、無所得者・低所得者や特別の事情があるものへの保険料の減免制度を備え、社会的扶養部分(雇用主負担分と国庫負担分)がその財政に大きな比重をもつことが当然とされてきた。これらのルールは社会保険に関わる国・地方公共団体の責任において守られなければならない。
しかるに、近年の社会保障構造改革は社会保険を「強制加入の私保険」に接近させ、社会保障としての社会保険を危機にさらしている。ここであらためて、私保険と異なる社会保険の原則を確認するとともに、社会保険が「すべての者の生活上の事故」に対して「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する社会保障の中核的制度であることを確認することが肝要である。現行の国民健康保険における「資格証明書」の義務的交付措置は、強制加入の対象者の一部に最低限度の生活を保障しない結果をもたらすため、社会保険の原則にもとるといわざるをえない。
また、公的扶助におけるものと同様に、社会保険によって保障される「健康で文化的な最低限度の生活」が、人間としての尊厳が保たれる水準の文化的な生活でなければならないことは当然である。
 「社会連帯の理念」は、生存権規定とともに、社会保障の理念として、しばしば援用される。1995年の社会保障制度審議会の「社会保障体制の再構築−安心して暮らせる21世紀の社会を目指して」と題する勧告(以下「95年勧告」という)も、生存権理念とならんで、社会連帯の理念が「21世紀における社会保障の基本理念」であるとされている。とくに社会保険制度は、多くの国で、労働者の自助組織を基盤に、それが国家に包摂される形で発展してきたという経緯があり、社会連帯の理念が強調されることが多い。
 医療保険、老齢年金保険は分立している制度間の格差が大きい。貧困急増の下で、とりわけ国民健康保険、政府管掌健康保険、国民年金の財政危機は深刻である。国庫負担をふくめた社会的扶養部分の拡大のみでなく、制度間の財政調整および将来的な制度統合が要請されていることは否めない。国民規模の「社会連帯」の理念は重要な意味を持つ。 

(3) 社会福祉
 何らかの障害や社会的不利(ハンディキャップ)を抱えている者に対して、それを軽減ないし除去するためにサービス提供や支援を行うことで、それらの者の「健康で文化的な最低限度の生活」を実現する制度である。給付の内容は、医療やサービス提供、や支援といった非金銭的な給付である。日本では、支援を必要とする人ごとに、高齢者(老人)福祉、児童福祉、障害者福祉、母子福祉などの分野に区分されている。費用は税金で賄われているが、介護保険のように社会保険方式をとるものもある。しかし、保険料や一部負担、利用料といった本人負担を求める方式をとる場合、社会福祉の原則である無差別平等原則を実現できない恐れがある。従って、社会福祉における費用は、全額公費により賄うべきであると考える。
                 
(4) 社会手当
 社会手当は、拠出が給付の前提とされないという点では、社会保険と異なり、資産調査なしに、一定の事故に遭遇したり、条件を備えた人に対して支給されるという点で、公的扶助とも異なる。いわば社会保険と公的扶助の中間的な形態といえる。日本では、子どもを養育している者に支給される児童手当、児童扶養手当などがあるが、いずれも所得制限がある。
 これまで、日本型雇用が雇用における社会的標準の位置を持ってきたため、子どもの養育費用は年功型賃金によって賄うという社会常識が普及しており、社会手当の中核たるべき児童手当はきわめて小さな規模の制度であり続けた。そのため、日本型雇用の恩恵に浴すことが原理的にむずかしい母子世帯には、別に児童扶養手当がつくられた。社会保障構造改革は、日本型雇用の解体という新たな条件の出現にもかかわらず、児童手当の規模を改善しないまま、児童扶養手当を減額した。だが、日本型雇用の解体によって、社会手当に要請される役割は非常に大きなものとなっている。先進諸国のなかで例外的に高い日本の児童貧困率は、社会手当の大幅な拡充が求められていることを鮮明に示している。

(5) 住宅保障
 住宅保障は、国や地方公共団体の責任で行われる、すべての者の健康で文化的な最低限度の生活を保障するための公営住宅の提供、居住環境の整備などの施策をさす。住居を持たない野宿者が、健康で文化的な最低限度の生活を営めていないことは明らかであり、野宿者などに対する住宅保障は、憲法25条の規範的要請といえる。日本では長らく持ち家施策が中心にすえられていたため、こうした視点が希薄であるが、住宅保障は、社会保障の重要な内容をなす。とくに、社会保障構造改革に対置して、福祉国家型制度を拡充する場合には、社会保障制度のなかにこれを包含することは不可欠となる。ところが従来、日本では、社会保障のなかに包含されていなかった。そこで、本基本法には、住宅保障を明記した。

(6) 虐待防止と発達保障
 虐待を受けている者は、人間の尊厳を否定ないし脅かされているとともに、その健康で文化的な最低限度の生活が侵害されている。その意味で、虐待防止の施策は、社会保障の重要な内容をなしている。現在の日本では、子どもや高齢者などに対する虐待の増加が大きな社会問題になっているが、児童虐待防止については、児童福祉法に規定があり、2006年4月からは、高齢者虐待防止法が施行され、虐待の定義とともに、虐待防止に関する国などの責務が規定されるにいたっている。
  また、子どもの健全な発育や発達を保障するための施策、具体的には公的保育制度や子育て支援策も、発達保障の制度として社会保障の重要な内容である。
 この点も従来社会保障の領域としてまっとうに位置づけられてこなかったために、本法では項を改めて、明記した。

(7) 保健事業
 保健事業とは、疾病罹患やその拡大・蔓延の背景となる生活環境や労働環境の改善、健診、保健知識の普及、健康増進、予防接種、機能回復訓練、など、傷病者のみならず、健康な者も対象に行われる、行政による諸施策をさす。劣悪な生活・労働環境、労働条件を改善することなく、個人責任重視型の健診や保健指導に力点を置いた保健事業のみを行っていても効果は疑わしい。保健事業のベースにはまずこの課題を据え、その上での諸事業の展開を構想している。なお、前述の「50年勧告」では、社会保障の内容として公衆衛生という言葉が使われていたが、本法では、下水道の整備など環境衛生については、社会保障の範囲から除外して考えているため、保健事業とした。

(社会保障施策の個人尊重の理念)
第3条 社会保障に関する施策は、日本国憲法13条の精神に基づいて、すべての者が個人として尊重され、人間としての尊厳にふさわしい健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、国及び地方公共団体の責任において適切かつ安定的に実施されなければならない。

〔解説〕
 憲法13条は、個人の尊重と生命、自由及び幸福追求に関する権利を定めている。13条は人権の包括規定とされ、憲法に規定されない人権の根拠になるともされているが、後段の「生命、自由及び幸福追求に対する権利」については具体的権利と解するのが通説である。本条は、社会保障に関する施策を実施するにあたっては、この憲法13条の精神に基づいて、施策の決定から実施に至る、すべての場面において、それに関わるすべての者が個人として尊重されるべきことを定めたものである。また、社会保障に関する施策により実現される、すべての者の健康で文化的な最低限度の生活も、憲法13条の精神から、人間としての尊厳にふさわしいものでなければならないこと、その意味で、社会保障施策は、適切かつ安定的に実施されなければならないことを確認した規定である。
 従来、社会保障施策の基本理念として25条が強調されてきたのに対し、改めて、13条の理念の貫徹により、社会保障施策の福祉国家的拡充を謳い、その内容の拡充をめざすべく、本条で改めて、明記した。

(国及び地方公共団体の責務)
第4条 国及び地方公共団体は、すべての者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、第3章に定める社会保障施策のほか、その他の必要な各搬の措置を講じなければならない。
 2 国および地方公共団体は財政上の考慮を理由として、その責務の遂行を懈怠し、あるいはもっぱら財政上の理由から権利を制限してはならない。
 3 国は、地方公共団体に委ねられるそれも含め、社会保障施策ならびに措置が、その財政上の保障も含めて、すべての者に権利を保障するよう講じられていることを、常に確認・保障する責務を有する。ただし、国は、上記責務を理由として地方公共団体の社会保障施策の内容に不当な干渉をしてはならない。

〔解説〕
 国及び地方公共団体の責務の内容は、すべての者が憲法25条にいう「健康で文化的な最低限度の生活」を営むことができるようにすることにあることを確認し、その目的を実現するために、社会保障施策やその他の必要な各搬の措置を講じることを国及び地方公共団体に義務づけた規定である。
 第2項は、国および地方公共団体の施策が、財政上の理由から削減されてはならない原則を明示したものである。この規定は、25条の憲法上の権利は財政上の考慮に優先することを改めて明記するのみならず、近年の社会保障構造改革がもっぱら、財政上の削減を目的にして行われている状態に歯止めをかける意図を持っている。
 また、第3項は、社会保障施策の担い手として、想定されている国と地方公共団体の関係を明らかにした規定である。そこでは、まず第一に国のナショナルミニマム保障の責務を掲げている。同時に、社会保障施策の実施に際しての地方公共団体の自主性を明記している。ここで「不当な干渉」というのは、国が、地方公共団体の施策に対し、普遍主義的な視点ほかの社会保障拡充からする指示や介入を超えた関与をさす。
 なぜなら、すでに第一部第三章でも検討したように、近年の社会保障構造改革むしろ構造改革全般が、地方分権を名目に掲げ、社会保障などに対する国を責任を放棄して、社会保障の切り捨てを地方公共団体に委ねる手法が支配的だからである。この手法は、小泉構造改革時代から有力となり、三位一体改革で大きく「前進」した。さらに近年では介護、医療制度改革でもこの手法が導入され、後期高齢者医療保険の運用や、医療費適正化計画でも地方公共団体への押しつけが顕著である。こうした地方公共団体を構造改革の執行単位にする手法を野放しにすると、社会保障制度の運営、管理は危機に瀕する。そこで、本条項では、国の責任を改めて明記することにより、そうした制度を再検討する、基準とした。

(事業者の責務)
第5条 事業者は、社会の一員として、国及び地方公共団体の責任において行われる社会保障施策その他必要な各搬の措置の実施に協力しなければならない。
                   
〔解説〕
 ここでいう事業者とは、企業をはじめ非営利の団体に至るまで、社会において経済活動やさまざまな活動を行う事業体すべてをさす。事業者は、社会の一員として、社会的責任を果たすべく、国及び地方公共団体の責任において行われる社会保障施策その他必要な各搬の措置の実施に協力する義務があることを定めた規定である。
                                      
(社会保障従事者の安定的確保と処遇)
第6条 国及び地方公共団体は、医療、福祉、発達保障等をふくむ社会保障施策の実施業務が適切に行われるよう、その実施業務に従事する者(社会保障従事者)の安定的確保とその技能の維持・向上のために必要な施策を講じなければならない。
 2  国及び地方公共団体は、社会保障従事者への適切な処遇が行われるよう必要な施策を講じなければならない。

〔解説〕
(1) ここにいう「社会保障従事者」とは、主として医療、福祉などの現場ではたらく医師、看護師、介護労働者、ケアマネージャー、保育士、各種事務従事者などをさし、公務員、非公務員を問わない。
(2) 社会保障構造改革は業務の民営化、業務委託等を大幅に推進した。それによって、社会保障の現場で働く保育士、介護労働者などの雇用の安定性と処遇水準が大幅に下がり、社会保障従事者の安定的確保と技能水準の維持・向上が困難になっている。社会保障従事者が不安定な雇用の「所得過少」な働き手であっては、生存権保障の十分な担い手となることはできない。
 社会保障施策の安定的実施能力と社会保障従事者の専門性を確保するためには、十分な規制抜きの野放図な民営化、業務委託は、本来あってはならないものである。だが、社会保障業務がどのような実施形態で行われるとしても、社会保障従事者の適切な処遇と安定的確保およびその技能水準の維持・向上に必要な施策は、国と地方公共団体が責任をもって講ずべきものである。社会保障の管理の基本指針(第1条)の一部としてこのことを明確にするのが本条の目的である。 


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