「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

08 Jul

  すでに本格的な夏が始まっているのではないかと思うような気温です。

 7月1日、金沢では「氷室の日」として、氷室まんじゅうを食べて無病息災を願う習わしがあります。金沢市の湯涌という所に氷室(氷を保存する場所)があり、昔この時期に「氷室開き」を行って徳川家に氷を献上していました。庶民は氷を食べることはできず、氷室の氷を見立てた饅頭を販売したところ、非常に喜ばれたという説があります。無病息災を願うという意味では、京都の6月30日「夏越しの祓」に水無月を食べるのと似ているのかもしれません。

 

 さて今回は、日本国憲法25条はワイマール憲法151条「経済秩序は単なる国家からの自由の保障ではなく、人たるに値する生存を保障することを目指す正義の原則に適合するものでなくてはならない」を基にしていますが、このワイマール共和国時代の公的扶助の権利、特に公的扶助を請求する権利はどうだったのか、簡単にですがみていきたいと思います。

 

 プロイセン王国時代、1842年にイギリスの救貧法に類似した「救貧救護義務法」が制定されますが、この時は保護請求権は認められておらず、選挙権のはく奪等公民権の停止も行われ、治安維持要素が強い立法でした。

 

ドイツ帝国時代には、資本主義の発展とともに貧困は自己責任ではないという認識が広がっていきます。このときに有名なビスマルクの社会保険が制度化されます。社会保険の発足によって救貧救護法から多くの人が脱却します。また、保険料を支払って給付を受けるということで、給付を受ける権利を保障するための訴訟の途が開けます。しかし、救貧の対象に取り残された人は以前と変わらず請求権は認められませんでした。

 

ドイツ帝国までは、主権は国民にはなく、皇帝の許す範囲でしか権利は認められていませんでした。基本的人権の保障が行われたのは、その後のワイマール共和国時代です。王政から共和制に転換した大きな要因には、1917年のロシア革命の影響を受けてドイツ帝国内にも社会主義運動がおこったことが挙げられます。この時に制定されたワイマール共和国憲法には基本的人権の保障だけでなく、前述のような社会権の規定も盛り込まれます。当時としては非常に先進的な憲法だったといわれます。公的扶助に関しては恣意的な扶助基準を排除すること、扶助の準則および基準を定めるときは公的扶助対象者の範囲に属する者の意見を聴かねばならないとされ、準則や基準制定の参加を公的扶助対象者に認められるまでになり、基準や準則などに不服がある場合は請願の途も開け、裁決を行うことができるようになりました。

 

 しかし裁判所は、公的扶助対象者の法的な保護請求権と既存の行政裁判所への提訴を頑なに拒んだのです。つまり、公的扶助を受ける者には確固たる法的な地位を与えられず、立法者を拘束しえない、いわゆるプログラム規定であるとされ、あくまで「請願できる」にとどめたのです。

 

 なぜ先進的な憲法の下でこのようなことが起こったのでしょうか。ワイマール共和国の問題点については様々な要因が考えられていますが、保護請求権に関しては、官僚や軍隊が当時非常に力をもっていたこと、ワイマール共和国の政治を担っていた政党が民主主義そのものを十分理解できていなかったことなどから、法曹界の規範意識というものがドイツ帝国のままだったことが考えられます。法曹界だけではなく、一般市民の考え方も旧来のままだったのかもしれません。

 

 ワイマール共和国はその後ナチスが政権を担うことで崩壊します。保護請求権が認められるようになったのは、第二次世界大戦後です。

 

 ドイツの保護請求権の歴史をみてきましたが、民主主義がその社会に根を下ろさないと、権利というものは本当には獲得できないものだと深く考えさせられました。このことは、日本にも当てはまるところがあるのではないかと思いました。

 

元金沢星稜大学非常勤講師 冨家 貴子

 

参考文献

○小川政亮「ドイツ公的扶助における保護請求権と賃金の関係」小川政亮著作集編集委員会編『小川政亮著作集第6巻 戦後の貧困層と公的扶助の権利』大月書店、2007年、p178~198

○塩津徹『現代ドイツ憲法史』成文堂、2003年

○林健太郎『ワイマル共和国』中央公論社、1963年