「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

20 Apr

   ようやく金沢市の平野部では桜が満開となりました。

 今は暖かくなりつつも寒さが残る「三寒四温」という季節ですが、寒さの方が身にしみます。夜はファンヒーターがまだ手放せません。

 

 この間、自分に何ができるのだろう、といろいろと考えていました。大したことは何もできないのですが、できることからしていったらいいのではないか、とやっと思えるようになりました。それは、石川県で生活保護基準引き下げ取り消し訴訟を争っている原告の方の言葉を読み返してみたことがきっかけでした。

 

 2015年2月に、原告の方3名へのインタビュー形式の学習会が金沢市でありました。生活保護を利用するに至ったきっかけ(みなさん病気がきっかけでした)、生活の現状、訴訟への思いなどを話してくださいました。生活の現状については本当に大変な思いをされています。食費の節約はもちろん、服は古着か働いていたときに買っていたものを着まわす、ラジオで音楽を聴いているが実際にコンサートで聴くことはなかなかかなわない、冠婚葬祭の費用も出せず出席できない、夏は冷房のある所で過ごし、冬はファンヒーターが15度になったら消す(雪が降ったりしたら本当に冷え込むので、私にはとても耐えられないと思います)など、このような大変な思いをしなければならないのが、私たちの「健康で文化的な」最低限度の生活の現時点での到達点なのです。

 

その後フロアから、「病気で仕事ができなくなって生活保護を受けている人がいるが、仕事ができなくなったことで落ち込んでいる。なぜ皆さんは前向きにできるのですか」というような内容の質問が出ました。それに対して、原告の方は、「人の人生には波があるから、いい時と比べても決していいことはない。自分がどこにいるのか分からない。現状よりちょっと上をやるしかない」「病気になって一番いいときを思っても生きていけない。現実を見ないと生きていけない。自分が失ったものを取り戻すことはできないけども、その中で動かないと生きていけない。だから私はボランティアをしているし、裁判もしている。保護を受けることは恥という文化が強い北陸で裁判をすることは意味があることだと思う」と話しておられました。いろいろと元気で活躍されていた時と比べると、病気や最低限度の生活費の中で制約が生まれます。しかし、制約された部分を見ても決してよいことは浮かびません。制約がある中で一体何ができるのか、原告の方々は日々模索されていることを知りました。

 

 訴訟を提起したこと自体とても勇気の必要なことで、「とてもすごい」と思いました。しかし、原告の方々を「すごい勇気のある方々だ」と思っているだけでは裁判運動は広がりません。それでは私に何ができるのか。どれほどの方が読まれているのかは分かりませんが、こうやって原告の方の思いを書いて伝えることなのではないか、と改めて思ったのです。質問された方・原告の方に私が今できることを教えていただきました。

 

 しかしながら、原告の方の思いを伝えるためには、現在の裁判制度の課題を解決しなければなりません。平日の昼間しか法廷が開かれないため、働いている私たちは裁判を傍聴することができないのです。学習会の中で、「労働組合も最近になって賃金と生活保護基準が連動していることが分かってきた」との報告がありましたが、日中働いている人を含め、いろんな方に是非自分たちの「健康で文化的な」最低限度の生活を営む基準がどうなっているのか知って考えてもらえるよう、裁判の日時など工夫ができないものかと思います。

 

元金沢星稜大学非常勤講師 冨家 貴子