「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

11 Nov

 だんだんと冬に向かっていく季節となりました。

 天気予報を観て「北海道ではもう雪かあ」と思っていたら、石川県では10月の終わりに白山スーパー林道が積雪のため閉鎖になりました。このスーパー林道は毎年11月になると雪のために閉鎖になるので、平年並みということになるのでしょうか。街中でも木々の葉っぱの色も赤く染まり、散っていく姿も見られるようになりました。

 

 さて、今回はゼミで生活保護制度を学んだことについて少し述べたいと思います。テキストを用いながら生活保護制度について学びました。その時に様々な疑問が出てきました。

 

私がいつも複雑だと思っている資産の活用について話が出ました。最近テレビで高齢者の貧困な生活実態が取り上げられていましたが、その中で、畑を所有しているために生活保護が受けられないという話があり、そうなのかという疑問が出ていました。これは生活保護法第四条「補足性の原理」に該当するものです。しかし、第四条を読むだけでは具体的に何が資産に認定され、どのように活用していないといけないのかというのがわからないのです。そこで『生活保護手帳』や『生活保護手帳別冊問答集』などを見なければなりません。先ほどの話に戻りますと、畑で野菜を作っていて自分の食費に充てているとかそれを販売しているとなると、資産が活用されていることになります。食費や販売に充てている分だけ生活保護費が差し引かれます。しかし、誰も耕していない、放置されている状態ですと、資産が活用されていない、土地という財産扱いになるので、売らなければならないでしょう。

 

 自動車の保有についても話が出ました。これは各地で不服審査請求や裁判となっているので、不服審査請求の認容裁決や判例を見なければなりませんが、仕事をするうえで必要だとか、何らかの障害があり通院や買い物のために不可欠な場合などは認められていることが多いです。しかし、それでも個別ケースによっては認められないことがあり、それで不服審査請求や裁判になっていることがあります。

 

 スティグマ(直訳では烙印、生活保護制度に対する恥辱意識のことを指します)についても話が出ました。社会保障や社会福祉関係の本には「生活保護を受けるにあたってスティグマを抱く」など、生活保護を利用する人がそれを利用することによって恥辱意識を持つことが多々あることが書かれていますが、利用する人だけがスティグマを感じているのではないという話が出ました。例えば「生活保護を受けるなんて恥ずかしいこと」と思いつつ援助している人も中にはいるとのことです。援助する側される側両方がスティグマを抱いているのが日本の生活保護制度に関する現状なのだと思いました。

 

 先生がスウェーデンの話をしてくださいました。スウェーデンではどこの自治体を訪ねても、「私たちは権利を守るために仕事をしている」と自治体職員が話すとのことです。日本では、先日も大阪市が通院移送費(通院にかかる交通費)を別途出さず、利用者の月々の生活扶助費から出すよう指導しており、それを支援団体が改めさせたという話がありましたが、スウェーデンの自治体職員との意識の違いはなぜ生まれるんだろうと思いました。

 

 ここに書ききれないほど様々な話が出ましたが、ゼミで学んで思ったことは、生活保護制度を少しは知っていても具体的な話になると一体どう判断したらいいのか複雑で分からないことが多いということでした。先ほど、意識の違いはなぜ生まれるのかと書きましたが、この複雑な判断基準というものも意識の違いを生み出す一つの要因ではないかと思いました。

 

元金沢星稜大学非常勤講師 冨家 貴子