「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

06 Mar

 前回、大阪のお土産は何にするかの悩みを書きました。

  最近は、大阪に帰省することがままならないときに懐かしい味をどうやって手に入れたらよいのかで悩んでいます。最近では、ひな祭りの時期が近付くにつれ、ひなあられが食べたくなりました。しかし、金沢で売っているひなあられと大阪で売っているひなあられは違います。どうしても小さい時から食べていたひなあられが食べたくなり、インターネットで調べると、今流行りの「お取り寄せ」ができることが分かりました。一人暮らしなので、そんなにたくさん食べるわけでもなく、送料の方が高くつきましたが、ひなあられを「お取り寄せ」しました。大阪にあって金沢にないお菓子は他にもあり、インターネットでいろいろ見ていると、「お取り寄せ」ができるものが他にもあることが分かりました。ひなあられがなくなった頃に注文しようと思っています。 

 

 さて、以前に救護施設では名前が分からない人もいることを書きました。そのことをふっと思い出したこともあり、今回は私が知る範囲でもう少し詳しく書きたいと思います。 

 

 救護施設利用者には、各人ごとにケース記録というものがあります。利用者の生活保護の実施機関(施設の所在地ではなく、その方がもともと住んでいた市町村の福祉事務所が実施機関となります)、利用者の生い立ち、施設での様子の記録、保護決定通知や変更通知等、利用者に関わる情報がファイルにとじられているものをケース記録と呼んでいます。宿直の時には、夜間業務が終わった後などにケース記録を読んでいました。男女200人の施設なので、女性だけでも100人分あります。読むのに結構時間がかかったのを覚えています。そのケース記録を見ると、その方の生い立ちを詳しく書いていない、ご本人が話したがらないため書けない、もしくは自分のことが分からないためにほとんど記録されていない、というものもあります。そのようなときは、先輩の職員の方が教えてくださったりしたものです。 

 

 その中には、本当の名前が分からないという利用者がいました。名前が分からない理由について全ては覚えてはいませんが、2つほど取り上げたいと思います。

 1つは戦災孤児になったケースです。空襲等で家族が離れ離れになってしまい、戦後、児童福祉法に基づく児童養護施設に収容されたという方、戦後の生活難で親が子どもの面倒を見ることが出来ず路上に置き去りにされて棄児となり、児童養護施設に収容された方などがおられました。その時に名前が分かればよいのですが、知的障害があるために名前が分からない、幼いために自分の名前が分からないということがあり、その場合は施設の方が名前を付けておられたとのことです。 

 

もう1つは行旅病人のケースです。ある市町村の路上で倒れていたところを救急搬送されたが、ご本人が記憶喪失等で名前が分からない、入院中に知的障害があることが分かり、名前は分かるが漢字名は分からない、名前そのものが分からない等という方がおられました。その場合、病院で名前を付けたりしていたようです。

 名前の付け方も様々で、一般的な名前もあれば、朝方に保護されたことから「朝」等その方の保護当時の特徴的な文字を入れた名前もありました。 

 

救護施設利用に至るには、18歳以上となった場合、入院中の場合は退院できるが帰る場所がない等の場合に、実施機関から入所依頼が来ます。行旅病人の場合は、その方が倒れていた場所の市町村が実施機関となります。行旅病人の場合は入院中に入所依頼が来ますが、児童養護施設を利用されていた方の場合は、戦後に障害者関係の法律が施行され、様々な施設も設置されたことから、障害者関係の施設で何年か過ごした後に、年齢的な理由等から入所依頼が来る方がほとんどです。 

 

以前に施設を利用されていた方は、救護施設を利用することになっても他人との共同生活にある程度慣れておられますが、そうでない場合は、他人との共同生活に慣れるまで苦労されていた方もおられました。その後、その中には病気で亡くなられる、施設を出てグループホームで生活する、アパートで独り暮らしをする方もおられました。 

 

施設から施設便りが来るたびに、私の知っている利用者の皆さんは今はどうされているのかなあ、と気になるものです。

元金沢星稜大学非常勤講師 冨家 貴子