「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

20 Nov

一雨ごとに寒くなってきました。

 

寒くなるにつれて、食べ物がおいしくなってきました。料理はあまり得意ではないので、スーパーに行っては秋の魚や果物、野菜を目で見て楽しんでいます。11月に入ると、石川県ではカニ漁が解禁されます。カニ漁の解禁になると、ニュースでは近江町市場でカニが販売される様子が映し出されます。カニというとオスのズワイガニを思い浮かべますが、地元の方が楽しみにしているのは、石川県では「香箱ガニ」と呼ばれている、メスのズワイガニです。私は甲羅の中の赤いところとミソが好きで、カニの味が濃縮されたような濃厚な味が楽しめます。カニが好きな方にはお勧めです。

 

さて、前回は学習支援について書きました。その冒頭で「不服審査請求について書いてみる」と宣言していましたので、今回は不服審査請求について書きたいと思います。8月からの生活保護基準が引き下げられたことで、不服審査請求が1万人を超えました。朝日茂氏が訴訟を起こした時代から見ると、少しずつ時代は変わってきているなと思います。不服審査請求制度は戦後すぐに作られたものではありませんでした。旧生活保護法には不服審査請求制度が無く、保護の請求も、当時は福祉事務所の補助機関とされた民生委員が行うことが多く、保護費をその世帯にいくら出すのかも民生委員の経験と勘に頼られていました。そのような中、GHQの民生局は、申請者や生活保護利用者が保護費の支給や処遇に対して誤った扱いをされた場合に救済制度が必要だと考えました。小山進次郎の『生活保護法の解釈と運用』には、愛知県からの疑義照会(行政の処分に対して不服を申し立てることはできるのか、という内容)が不服審査請求制度を考えるきっかけになったとされています。この愛知県の疑義照会は、実はGHQの愛知県軍政部に異動してきたマーティン・シェリーが愛知県の福祉者を通じて県知事名で1949年に厚生省に送付させたものでした。[i]これは、救済が国家によって保障されなければならないはずが、戦前の自発的な慈善の領域にあるものとして、生活保護制度が戦前の自発的な慈善の意識の下に民生委員や公務員によって運営されているからでした。

 

疑義照会に対して厚生省は、憲法25条をプログラム規定説(申請権はなく、反射的利益として行政が保障するとする説)として解釈し、生活保護を申請する権利があるとは認めませんでしたが、何らかの救済措置は取らなければならないと考えました。そして、GHQ法務局と厚生省社会局保護課との折衝が行われました。そして、折衝に出席した生活保護課長(当時)の小山進次郎らは、請求権は認めないが、不服審査請求制度を設けることで生活保護法の是正が法的に保障されるよう、前向きに検討したとのことです。[ii]その後、同年の社会保障制度審議会の生活保護制度への勧告で、申請権を認めるべきだと勧告され、それらも含め、生活保護法の改正が国会で審議されることになりました。 

 

 不服審査請求制度が認められたことで、これまで民生委員の経験と勘で足し引きされていた生活保護基準のあり方は認められなくなり、科学的に計算された生活保護基準が求められることになりました。不服審査請求制度が認められて、手続きなど、きちんと制度にのっとって運用されることが求められるようになったのです。

 しかしながら、不服審査請求制度は生活保護を利用していない人でも使うことができるかといえばそうではありません。権利と言っても、実際に生活保護を申請する者、生活保護を利用している者のみに与えられている一身尊属の権利なのです。生活保護を利用していない人は、国会における請願によって生活保護法に対して意見を申し立てることができるのですが、あくまで請願法ですので、それを裁判等で争うことなどはできません。朝日訴訟の最高裁判決は、この「一身尊属の権利」にのっとった判決でもあります。ただし、京都で争われた「柳園訴訟」は、ご家族の方がご本人の意志を引き継ぎ、国家賠償責任訴訟で争って勝訴しています。

  一般の人たちから見て「おかしい」と思う制度設計に対して、意見を言う場というのは非常に限られていることが、今回調べてみてよく分かりました。ただ、権利として主張することのできる仕組みが法律に盛り込まれているのといないのとでは、同じ生活保護法内のその他の制度のあり方にも影響を与えるということがよく分かりました。戦後の社会保障の転換とは、奥深い意味を持っているのです。

 

元金沢星稜大学非常勤講師 冨家 貴子



1.菅沼隆『被占領期社会福祉分析』ミネルヴァ書房、2005年、p242

2.前掲書、p246

参考文献:小山進次郎『生活保護法の解釈と運用(改訂増補、復刻版)』全国社会福祉協議会