「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

15 Nov

 今年8月から生活扶助基準が引き下げられました。

3年で10%もの引き下げです。それに対して、全国で不服審査請求運動が起こっています。一方で、一部の市町村福祉事務所が不服審査請求を受け付けないという事態も起こっています。これらの記事を見た時、朝日訴訟の事を思い出しました。不服審査請求について書いたことがあったかなあ、と思ったので、もし過去に書いたことがなければ、次回は不服審査請求について書くぞと思っております。

 

 さて今回は、学習支援についてです。インターネットの毎日新聞の記事(1)がふと目に留まったのがきっかけです。

 

 2009年7月1日から、生活保護の教育扶助及び生業扶助(生業扶助は高校生を対象)に「学習支援費」が創設されました。これは、子どもの貧困が問題とされ、「貧困の連鎖」「貧困の再生産」ともいわれるように生活保護世帯の子どもが大人になってからも生活保護を利用するという、貧困な状態から抜け出せないことに対する支援の一環として設けられたものです。学習支援費の内容は、課外活動に要する費用や参考書や一般教養書など家庭内での学習に要する費用を保障するものです。

 

 しかし、費用を保障するだけでは不十分として、学習支援教室等、各地で名称は違いますが、ボランティアなどが学習指導を行ったりする場を設けることになりました。私が大学生の時、『福祉が人を生かすとき』(2)という本を読みました。これは、東京都内のある下町の福祉事務所に勤めるケースワーカーが勉強会を行ったドキュメントですが、20数年前の地道な取り組みがようやく予算化されるようになったのだなと思いました。

 

 ただ、週に1・2回の取り組みなので、学習支援以外にも、自宅で継続して学習できる環境があるかどうかも問題になります。落ち着いて勉強できる部屋があるか、親が勉強に協力的か等です。部屋の問題になりますと、もしかしたら現在の住宅扶助特別基準では不十分かもしれません。また、生活保護世帯が対象なので、それ以外の、例えば生活保護を利用するには至らないが低所得世帯等の子どもの学習支援はどうなるのか、という問題も出てくるかと思います。学習支援をきっかけに対象が広がればいいのですが、生活保護世帯だけ対象ということが続くと、その世帯の子どもだけ特別扱いするということになります。もっといえば、勉強できる子ども、そうでない子どもを振り分けるような現在の教育制度そのものが根本的な問題か、いや、職業で貧富の差が出てくること自体が問題なのかとも思いました。いずれにせよ、お金のあるなしで学力から学歴、そして職業や収入まで差がついてしまう世の中が恐ろしいと感じましたし、個人的には私自身も勉強するのにお金のことでは非常に苦労し、現在も苦労しているので、お金のあるなしで勉強できる環境に差がついてしまう世の中は何とかしたいと常々思っております。

 

 とはいえ、明日から日本の教育制度がガラッと変わるわけではないので(ガラッと変わればどんなにうれしいかと今までに何度も思ったことか)、学校、学習支援教室、自宅での勉強の循環が上手くいくために何が必要かを考えなければならないと思います。学習支援にかかわる人たちには、その場の子どもの様子だけでなく、自宅や学校での様子にも思いをはせてほしいものです。きっと、学習支援だけでは足りないことが見えてくることと思います。

 

元金沢星稜大学非常勤講師 冨家 貴子

 

(1)毎日新聞(都内版)2013年9月19日付「学習支援:貧困根絶へ、生活保護世帯対象に教室開校へ――東京・府中市」、2013年9月23日閲覧

http://mainichi.jp/feature/news/20130919mog00m040003000c.html

(2)立石一郎『福祉が人を生かすとき』あけび書房、1989年