「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

09 May

  久しぶりに金沢駅構内のお土産物専門店街に行ってきました。

 和菓子をはじめ、佃煮、九谷焼、輪島塗、金箔製品、加賀友禅の店などが並んでいます。大阪にも特産品はありますが、金沢駅のような専門店街は、私の知る限りでは大阪駅には見当たりません。金沢駅は大きな駅ではないのですが、商品が充実しており、昔ながらの伝統を大切にしているのだと思いました。しかし、伝統も現代的なアレンジを加えないと、お客さんに商品の良さをなかなかアピールできない面があるようです。ネクタイなどに友禅模様を描いたり、輪島塗をアクセサリーに使ったり、金箔を現代のデザインの中に取り入れたり、身近に使えるように工夫されて販売されています。宣伝ではありませんが、金沢に来られた際は、一度駅構内のお土産物専門店街にお立ち寄りになることをお勧めします。 

 さて、前回は生活保護算定方式(正確には生活扶助基準算定方式)の変遷について、格差縮小方式を紹介しました。今回は、その後、現在の算定方式である「水準均衡方式」について紹介したいと思います。 

 水準均衡方式とは、格差縮小方式によって算定されてきた生活保護基準を、1984年から政府経済見通しによる個人消費の伸び(民間最終消費支出)のみによって改定するという方式です。その水準は、一般世帯の約7割の消費水準と言われています。この方式が採られた背景には、1980年代初頭の第二次臨時行政改革(以下、第二臨調という)と深く関わっています。 

 1979年から1980年にかけて、格差縮小方式で算定された生活保護基準が妥当なのか、中央社会福祉審議会生活保護専門分科会(以下、分科会という)で検討されました。分科会では、格差縮小方式で一般世帯との消費水準を60%にまで縮小することを掲げてきたが、格差が縮小したからといって貧困が解決するわけではない、その基準でもってどのような生活が営めるのか具体的検証も必要だ、という意見が出ました。そして、分科会としては、「生活保護基準は更に改善を必要とする」と意見を取りまとめました。

  しかし、1982年の財政制度審議会において「生活保護の適正化等」が打ち出され、生活保護基準も「適正化」の対象になりました。この財政制度審議会を受けて、第二臨調第五次答申にて「生活保護基準の見直し」が打ち出されました。当時の厚生省としては、「経済見通しによる消費の伸びは守っていかなければならないが、プラスαを積むというのは難しい」という意見を持っており、それに従って算定方式が見直されました。まず、その当時の生活保護基準が妥当なのか、「変曲点」という理論を用いて検証されました。「変曲点」とは、エンゲルの法則を基礎とする最低生活費算出の理論です。エンゲル係数は収入が減少するにつれて上昇されるとされますが、ある収入以下から上昇しなくなります。さらに収入が減少すると、再びエンゲル係数が上昇します。エンゲル係数が上昇しない地点の家計は、食費を減らして他に必要な費用に充てているなど、家計構造が変化する地点でもあります。その地点の収入を最低生活費として算定する理論です。ここでは詳しく述べませんが、この理論を歪曲して使用し、その当時の生活保護基準は一般世帯の約7割に達していたので「妥当」と判断しました。そして、厚生省が意見として持っていた「経済見通しによる消費の伸び」のみを生活保護基準の伸び率にすることに決定しました。 

 このような生活保護基準の評価方法には、当時の分科会委員から反対意見が出ました。詳しくは述べませんが、一つは、実態調査をしていないので本当にこの基準で妥当なのかという疑問、もう一つは、消費のことばかり考えているが貯蓄などストック部分の緩和については検討していないという問題です。

  この当時、生活保護の適正化に関する通知、いわゆる「123号通知」が出されました。この通知が出されて以後、生活保護の申請に来た人を「相談」扱いなどにして追い返す、いわゆる「水際作戦」が行われていきました。生活保護基準の引き上げ率を抑えることで、結果的には123号通知とともに生活保護利用を抑え込む役割を果たしてしまったのだと思います。

  どのような生活が憲法で保障されている「健康で文化的な」最低限度の生活なのか、その具体像をまず検討してそれを示さないと、どのようにでも生活保護基準は変えることができるのではないか、という懸念を抱きました。 

元金沢星稜大学非常勤講師 冨家 貴子

参考:拙著「『水準均衡方式』の成立過程―生活扶助基準の妥当性はどの様に検討されたのか―」『医療・福祉研究』第18号、医療・福祉問題研究会、2009年、p105-114