「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

16 Apr

 寒いのか暖かいのかよく分からない季節になりました。

最近、事務処理能力というか、片付ける能力というか、これらの能力が欠けているということをますます感じます。アパートに帰って散らかっている部屋を見ては、「これでは安らげない・・・」とため息をついています。でも片付ける時間があるならゴロンとしていたい、というのが正直なところです。

 

今回は、前回紹介しました生活保護基準(正確には生活扶助基準)算定方式の変遷の続きを紹介したいと思います。

 

 前回、前々回とマーケット・バスケット方式からエンゲル方式に変更されたことを書きました。エンゲル方式は、前年度の家計調査を基に生活保護基準を算定していたので、高度経済成長期に入り物価変動が激しくなるにつれて生活保護基準の算定方式としては使えなくなってしまいました。そこで、エンゲル方式を基に、一定の改定率をプラスして生活保護基準を算定するというものでした。この方式は「格差縮小方式」と呼ばれます。

前述のプラス分の内容は、以下の通りです。

 

「政府経済見通しによる個人消費の伸び(民間最終消費支出)

×「人口一人当たり換算率」+α=改定率

 

 「政府経済見通しによる個人消費の伸び(民間最終消費支出)」とは、当該年度の個人消費の伸び率の予測値のことを指します。予測値をプラスすることで、その年度の生活保護基準に妥当性を持たせることにしたのです。「+α」部分は、前述の予測値をプラスすることでも一般生活との格差は縮小されるだろうといわれていましたが、この当時、つまり高度経済成長期、一般生活との「格差」が非常に問題視されており、所得倍増計画が立てられたように、生活保護基準に対しても、1961年の基準を基にすると1970年にはその3倍になるように設定すべきとされました。後に生活保護基準に関して検討が行われ、1970年以降もこの格差縮小方式を継続することが決定されました。国民生活が豊かになるにつれて、飲食物費だけでなく文化的な費用も増大していくので、その部分も考慮すべきだという意見が出たからでした。そして、生活保護基準は一般生活の6割にまで縮小すべきとの目標も立てられました。

 

この格差縮小方式によって、生活保護基準は上昇していきました。生活保護基準を基にあらゆる社会福祉の基準なども決定されていきますので、社会福祉施策の向上にもつながっていきました。

 

 一見すると、生活保護基準は伸びていくからよいではないかと思われますが、これに対する問題点が指摘されています。高野史郎は、格差縮小方式が続く限り、生活保護基準で営むことのできる生活水準の実態検証は必要でなくなること、最低生活水準を追求する主体的契機を阻害すること等を指摘しています(1)。

 

 例えば、飲食物費は、元をたどればマーケット・バスケット方式で算定されたものをエンゲル方式でもう少しましになるように算定されたものを使用したままです。しかし、生活保護基準は伸びていくので、飲食物費に関しても向上していくかのように見え、実際に生活保護利用世帯がどのような食生活を送っているのかを検討する必要はなくなり、国民も、自分たちの「健康で文化的な」最低限度の生活の食生活はどのように保障されているのか追及するきっかけを失ってしまうのです。追及したとしても、「生活保護基準が伸びているからそれでいいだろう」という結論に達してしまうのです。

 

 また、藤井康は、貧困水準が改善されたように思われ、貧困とはどのような状態を指すのかがあやふやになってしまうこと、消費生活部分は伸びていくが、預貯金などの容認範囲など、消費生活以外の部分に関しては現状のままになってしまっていることなどを指摘しています(2)。

 

 最低生活費が伸びたらそれでもって貧困が解消され、私たちの生活は豊かになるのだという錯覚を生み出してしまうこと、貧困の解消とはそのようなものではない、ということを両氏は指摘しています。資料を読み直して、改めて重要な指摘であるとともに、「健康で文化的な」最低限度の生活とは何かを追求することの難しさを感じました。

 

元金沢星稜大学非常勤講師 冨家 貴子

 

(1)高野史郎「国民生活の『最低限』の確立と不平等」江口英一編著『社会福祉と貧困』法律文化社、1981年、p399

(2)藤井康「格差縮小方式の採用」厚生省社会局援護課編『生活保護三十年史』社会福祉調査会、1981年、p274-275