「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

26 Dec

 12月に入り、寒波というものが押し寄せ、金沢では早くも雪が降っております。

 

夜になるとその雪が凍り、踏むとジャリジャリと音を立てます。もうすぐ正月ですが、「正月が近づいているんだ」という実感が湧きません。実家に帰ってダラダラと過ごすことで、「ああ正月か」という気分になるのかもしれません。

 

 さて、総選挙も終わり、これからの世の中はどうなっていくのか、不安と心配が私の心の中で渦巻いております。社会保障制度がどう変わっていくのか、そして生活保護制度はどう位置づけられ、変わっていくのか、動向を追っていかなければと思っております。

 

その中でも、生活保護基準がどのように変化していくのかが気になります。ある政党は、生活保護基準を10%引き下げることを公約に掲げていたりします。それを見たとき、ふっと思ったのです。生活保護基準は生活保護を利用している人だけのものなのだろうか、と。生活保護基準がどのような役割を果たしているのか、今回少し触れたいと思います。

 

 生活保護基準は、私たちが国によって最低限保障される生活内容を表します。それが具体的にどのような生活内容なのか、実はこれまであまり明らかになっておりません。世の中に公になったのは、「朝日訴訟」の時ぐらいでしょうか。具体的にどのような生活が営めるのかはっきりしない現在の生活保護基準ですが、私たちの生活に密接にかかわっています。前回紹介しました、公開研究会での報告から少し取り上げます。

 

例えば、住民税は生活保護基準を参酌して算定されていると言われています。生活保護基準が引き下がり、住民税が非課税から課税に変わると、保育料、高額医療費、高額介護サービス費、国民健康保険料、障害者サービス料が引き上がります。就学援助は生活保護基準のおおむね1.3倍以下の収入の世帯が利用できます。生活保護基準が引き下がることで、今まで利用できていたのができなくなる世帯が出てきます。他の社会保障制度や教育制度に直に影響を及ぼします。

 

今、「子どもの貧困」が社会問題として取り上げられていますが、保育料が上がる、就学援助が利用できないとなると、その世帯の生活は苦しくなります。生活保護基準引き下げが、「子どもの貧困」の連鎖を生み出す恐れが出てきます。

 

 生活保護基準が引き下がることで、生活保護基準より低いと問題になっている最低賃金にも影響します。最低賃金を引き上げる必要がなくなるのです。最低賃金に近い収入で生活している方は、収入が上昇することはなく、苦しい生活のままです。[i] 

 

 そして、当然のことですが、生活保護基準が引き下がることで、今まで一部生活保護を利用していた世帯が生活保護基準以上になり、生活保護を利用できなくなる、また、生活保護を利用できるとされていた世帯が、生活保護基準が引き下がることで生活保護に該当しなくなる、ということが出てきます。つまり、今まで「貧困」であるとみられていた状態が「貧困」ではなくなるのです。

 

 社会全体が今まで「貧困」であると認識していたものが、そうでないとみなされることで、「貧困」というものは、更に私たちの見えないところに追いやられてしまう可能性が非常に高くなります。いわゆる「貧困隠し」とでもいうのでしょうか。

 

 これまで、今日の生活困窮の実態が明らかにされ、その状態を改善する取り組みが、様々な形で各地で行われてきました。生活保護基準引き下げは、それらの取り組みも、世の中から見えにくいものにしてしまうのでしょうか。

 

 私の心に渦巻く不安と心配というものは、こういう所にあるのかも知れません。

 

元金沢星稜大学非常勤講師 冨家 貴子

 



[i] 「公開研究会 生活保護基準と「生活支援戦略」の検討について」の、花園大学教授吉永純氏の報告より。2012年11月18日開催。