「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

18 Dec

 

 だんだんと冬に近づいてきました。

 

約5年ぶりに大学に通うことになりましたが、大学ごとにシステムが違うので、それに慣れるのに一苦労です。年を取るごとに新しいことが頭に入らなくなってきているのかな・・・と考えたりもします。システムもそうですが、環境も全く違います。山の斜面に校舎が建っており、移動の際は階段やスロープになります。運動不足の解消には良いですが、雪が降ったりすると大変だなと、今から心配しております。

 

 さて、先月の18日、東京で開催された「生活保護基準と『生活支援戦略』の検討についての公開研究会」に参加してきました。参加して思ったことは、「なるほど」と思うことが多く、「参加してよかった」ということです。生活保護制度に関する情勢が激しく動いており、何がどうなっているのか分かりにくくなっているところに、各大学の先生方の話を聞くことで、情勢のどこに焦点を当てたらよいのかがはっきりしてきたからです。研究会の内容をご覧になりたい方は、「You Tube」で公開しているとのことです。

 

 まず、『生活支援戦略』について、いろいろと問題点はありますが、基本的な考え方は「貧困と社会的排除」の支援とされています。何らかの理由で経済的に困窮するだけでなく、それまで関わりのあった人、地域、子どもでしたら学校とのつながりなどもなくなってしまうことにまで踏み込んでいるということです。そのため、「就労支援」を行うにあたっても、多様な就労の機会(先月書きました「中間的就労」など)を設け、何らかの形で社会との接点を持ち、社会的孤立を防ぐという意味合いが含まれます。

 

 また、貧困の連鎖を断つため、子どもの学習支援を行うことを打ち出し、学校を中退するようなことがないよう、自立していけるような就労の機会を得られるようにすることも考えられています。就労の機会が得られなければ、経済的困窮から抜け出せないだけでなく、その子どもは再び社会から排除される恐れがあるからです。

 

 ただし、先生方がおっしゃっていたのは、このようなプランはあるが、誰がどのように行うのか、それに伴う費用はどうするのかといった、実行するにあたっての裏付けが全くないということです。ですので、予算等の裏付けが行われるかどうかによって、評価も変わってくるとのことです。

 

 もう一つ、「生活保護基準」についてですが、以前にも書いた通り、引き下げの方向で議論が行われています。引き下げの根拠は「低所得世帯の消費支出との均衡」とされています。低所得世帯がどのような生活を営んでいるのか明らかにせずに数字だけの議論を行っているのも問題ですが、先生方が強調されていた問題点は、「引き下げることで子どもの貧困が解消できるのか」という点です。子どもの貧困が深刻になっており、社会問題となっています。それを解消するために、3人世帯(両親と子ども1人)をモデルに算定されている生活保護基準を下げることが妥当なのかが問われているとのことです。引き下げられると、生活保護を利用している人だけでなく、就学援助や国民健康保険料の減免など、その他の生活保護基準を基にしている施策にも影響を及ぼしていきます。

 

 一方では人々の社会的包摂をはかるための「戦略」が立てられ、もう一方では「生活保護基準を引き下げる」という議論が行われているという、個人的には非常に奇妙に感じる情勢なのです。今は総選挙の最中ですが、今後どのような政権が誕生するかによって、これら生活保護制度に関する情勢も変わってくるとのことです。日本の社会保障の根幹がどうなるのか、今問われているのです。

 

元金沢星稜大学非常勤講師 冨家 貴子