「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

10 Oct

 一雨ごとに秋が深まってきました。

 

「今年こそは夏の疲れを持ち越さないぞ」と、オクラやモロヘイヤ、ツルムラサキなど粘り気のある野菜に、イチジクなど滋養となる果物を食べていました。でも、夏の疲れというものは別の形で出るものです。秋という季節を堪能したいと同時に、早く寒くならないかとも思ってしまう、複雑な気持ちに駆られる今日この頃です。

 

 さて、税と社会保障の一体改革を進めるため、9月28日、厚生労働省は社会保障審議会「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」に「生活支援戦略」のたたき台の一つとして生活保護「改正」案(以下、「『改正』案」という)を提出しました。新聞でも大きく取り上げられており、読まれた方も多いと思います。今回は、このことについて少し触れてみたいと思います。

 

 まず押さえておきたいのは、この「改正」案は、「一定の道筋」がつけられた後に出されたものだということです。「一定の道筋」とは、この間の生活保護バッシングのことです。特徴的だったのは、有名人の家族が生活保護を利用していることへのバッシングでしょう。以前にも書きましたが、手続き上何も問題がないのに、扶養義務を果たしていないような報道をされ、そこから扶養義務の強化が浮上しています。また、生活保護利用世帯数が過去最高となったとの報道も、報道の在り方によってはバッシングの一つになっていたのではないかと思います。なぜなら、過去最高となった要因は、雇用環境が劣悪になったことであり、雇用環境や失業保障制度を改善しない限り、生活保護利用世帯が増えるのは当然なのですが、そこに目を向ける報道はほとんどなかったと思われるからです。このような報道の延長線上に今回の「改正」案が提出されているのです。

 

 その「改正」案を、生活保護の利用前と利用後に分けてみていきたいと思います(利用後については次回触れたいと思います)。

 

 まずは不正受給対策としての「扶養義務の強化」です。生活保護申請時、親兄弟などに扶養照会が行われます。以前書きましたが、親族による「扶養」は義務ではなく、あくまで生活保護制度に優先するというものです(それでも、親兄弟に知れると関係がこじれるなど、扶養照会があるがために生活保護の申請をあきらめる人は多くいます)。扶養照会が行われると、照会された側は、生活保護申請者への扶養がいくらかでもできるのかできないのかを明らかにすればよかったのですが、「改正」案では、扶養が困難な場合は、福祉事務所の判断で、その理由を明示する責任を義務付けることが盛り込まれました。また、扶養可能な扶養義務者には保護費の返還を求めることも考えられています。これらは、個人保護という先進国の流れに全く逆行する考え方です。これでは、生活保護の申請をためらう人が更に増え、要保護状態にあるのに生活保護を利用できず、憲法で保障された最低生活以下の生活を強いられることになってしまいます。

 

 また、官公署に資産の状況など問い合わせても回答がない場合があることから、官公署の回答を義務付ける方向で検討するとされています。

 

 福祉事務所の資産照会の権限の強化を強めるとされているのですが、このことを考えているときに、はっと思い出したことがありました。1980年代初めの生活保護制度に関する審議会議事録に載っていた、ある委員の発言です。それは、資産要件の緩和をすべきとずっと言い続けてきたが、厚生省(当時)は緩和しようとしない、これは厚生省の課題だ、とう内容のものです。今回の「改正」案を見ると、厚生労働省はこの課題には依然として触れようとせず、むしろ強化しようとしていることがうかがえます。

 

 このようなことをして、私たちの暮らしは楽になるのでしょうか?

 

元金沢星稜大学非常勤講師 冨家 貴子