「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

11 Apr

近「塩麹」がブームとなっています。塩麹は調味料になり、食べ物の味がぐんとよくなる、また、発酵食品で体にもよいとうことで、冬の寒い間に作ってみました。

 

炒め物に調味料として加えると、大変まろやかな塩味となります。また、そのまま冷奴の上に少し乗せてもおいしくいただけるので、なかなか便利だと思っておりました。そんなある日、飲食業の方と塩麹の話をしていると、これが一番という塩麹を見せてくれました。とてもサラサラとして、米の粒もしっかりと残っています。私の塩麹は、これに反してドロドロとして、米の粒も崩れています。その方曰く、私の作った塩麹は「失敗作」だそうです。ショックでした。作るのに2週間もかかったのに・・・。それからというものの、どこかで塩麹を見つけては、自分のものとどう違うのかじっと見つめてしまいます。

 

 さて、前回は、生存権裁判東京最高裁判決について書きました。その後、4月2日に生存権裁判福岡最高裁判決(以下、最高裁判決という)が出されました。それについて少し触れてみたいと思います。おそらくニュースや新聞を見ると、「原判決を破棄、高裁に差し戻し」という文面ばかりが目立つかと思います。実際その通りでもあります。しかし、判決文を最後までしっかり読まないと、大変重要なことを見落としてしまいます。

 

 福岡高裁判決は、厚生労働大臣は裁量権を乱用または逸脱していると指摘しましたが、最高裁判決では、厚生労働大臣は高齢者の特別需要について、統計等の客観的な数値等を用いたり、専門的知見を得たりしたうえで、高齢者には特別需要が見られないと判断したものであること、その後も定期的に生活保護基準の検証が行われていることなどを取り上げ、東京最高裁判決同様、議論の過程は間違っておらず、生活保護法の各条文にも合致したものと判断しています。

                                                        

 しかし、これは多数意見であって、少数意見が判決文に記載されていることに注意しなければなりません。

 

 少数意見というのは、4人の裁判官のうちの1人の意見です。少数意見では、多数意見の結論に賛成だが一部その理由が異なる、また若干付け加えたいと、意見を述べられています。大きく2つに分けて紹介します。

 

 一つは、生活保護法第9条「必要即応の原則」(以下、法第9条という)との関係です。法第9条は「保護は、要保護者の年齢別、性別、健康状態等その個人又は世帯の実際の必要の相違を考慮して、有効且つ適切に行うものとする」と述べています。この条文は、生活の需要は、個人によって違うのだから、その違いに応じて保護の内容を適切に判断・決定しなさいという内容です。この条文に照らし合わせると、老齢加算を一律に廃止したことは、高齢者個々人の需要を勘案しておらず、法第9条に反する場合もないわけではないと判断しています。

 

もう一つは、憲法13条・25条との関係です。高齢者は加齢とともに生活スタイルの変化に対応することが困難であることから、老齢加算を一律に廃止することは、高齢者に生活の変化を強いることになり、健康で文化的な最低限度の生活に影響を及ぼすことになりうる、また憲法13条の個人の尊厳の理念に反することにもなりうると判断しています。

最後に、個人差はあるものの、加齢に伴う心身の変化は避け難く、高齢者でも困窮な方ほど発言力は小さくなると指摘されているので、その方々の尊厳がまっとうされるとともに、健康で文化的な最低限度の生活の確保が損なわれることがないよう特に慎重な配慮が望まれると述べています。

 

私は、この少数意見を導き出したのは、福岡の原告の方たちが、最高裁の法廷で、「老齢加算が無いために香典が出せず親友の葬儀に出席できない」、「妻の納骨ができない」等、ご自身の生活の困窮の実態を裁判官の前で訴えたのが非常に大きく影響していると思います。

 

加齢というものは、誰もが避けることのできないものです。年を重ね、原告の方々のような年齢になったとき、食べて寝るだけの生活が健康で文化的なのか、そうではないのか、少数意見はしっかり考える必要があると問題を提起しています。それに対して、差し戻し審議での福岡高裁はどう答案を作成するのでしょうか。

 

元金沢星稜大学非常勤講師 冨家 貴子