「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

09 Sep

 台風が去った後だからでしょうか。朝晩はすっかり涼しくなり、虫の声がよく聞こえます。

   もう花は咲かないだろうと思っていた朝顔が、8月下旬になってからようやく花を付け出しました。つぼみは次々と出てきているのですが、こんなに朝晩が涼しくなって咲くことができるのだろうかと、少し可哀そうで、心配しながら毎朝植木鉢を見ています。

 さて今回は、生活保護の情勢が刻々と動いており、そちらを書こうか悩んだのですが、もう少し原点に戻ってみてもいいのではないかと思い、本棚にあったファイルを取り出しました。このファイルは、東京の荒川生協のある診療所が、1960(昭和35)年に生活保護利用者の家計簿を毎日記録した結果が挟んであります。再度見てみますと、この資料をもらった時に気付かなかったこともありました。少し紹介したいと思います。

 

 この家計簿の対象となった方は、67歳男性、元菓子職人です。3食きちんと食べているということでしたが、低色素血症(おそらく貧血かと思われます)という病気でした。診療所職員が家計簿をつけてみると、食事の中身は魚のアラ、ほうれん草、大根、サツマイモ、ネギ、京菜のみでした。あとは調味料(醤油、味噌、砂糖)、きな粉、小麦粉、お茶です。主食であるコメも「純内地米」「外米」と書いてありますので、日本人の感覚からみると、あまりよいお米ではないだろうなと察しがつきます。その中に麦も混ぜていたようです。

 

 1か月間わずかこれだけの材料とごはんで過ごしていたようです。3食食べていても十分ではなかったと思います。昔の方なので、ごはんでおなかを満たしていたのかもしれません。

 

 費用について、お米は6キロまとめて買っていたので300円ほどかかっていますが、調味料は約100円、魚のアラ30円、大根2本10円と、食費にはあまりお金がかかっていません。主食と副食を合わせた合計は1399円、生活保護費の3割程度です。ちなみに1か月の生活保護費は3327円です。その他のもので100円以上かかっていたものは、家賃300円、水道代352円、ガス代338円、電気代と思われるもの200円、新聞代330円、町会費40円、読経料50円です。嗜好品は煙草のみ180円です。そして、廃品回収をしていたのでしょうか、廃品などで300円ほど収入があります。しかし、生活保護費だけでは足りず、1000円借り入れしています。

  

 余談ですが、エンゲル係数(家計に占める食費の割合)で25%ほどなら家計としては安定しているなどいいますが、エンゲル係数は、栄養量を十分満たしている食費を支出している世帯の家計に占める食費の割合ですので、この方のエンゲル係数30%とは比較できません。

 

 私はこの家計簿を初めて見たとき、食事の内容に驚いたのを覚えています。これでは、朝日訴訟が起こっても無理もないなと思ったものです。しかし、今再度この家計簿を見て、家計に占める食費以外の費用が非常に多額なのに驚きました。これだけの費用を出すとなると、食費を削らざるを得ないのも無理ないと思いました。食費は、家計簿の費目の中でも、他のものに簡単に置き換えることができる柔軟な費目です。ごはんが食べられないなら麺類に、肉が食べられないなら魚にという具合に、個人の嗜好や費用に合わせて調整ができるのです。それがこの方の場合、魚のアラとほうれん草など菜っ葉類だったのでしょう。

 

 昔の家計簿なので、今とは生活様式も違いますし、物価も違いますので、ちょっと想像しにくいかもしれませんが、具体的な食事内容などに触れていますので、当時の生活保護費でどのような生活を送ることができるのか、見当がつきやすいのではないかと思います。

 

 そして、この家計簿を見てふっと思ったのですが、入浴はどうしていたのでしょうか。衣類も全く買っていませんでしたが、服はどのようなものを着ておられたのでしょうか。電話も家にはなかったのでしょうか。家賃は新聞代と変わりませんが、どのような賃貸住宅に住んでいたのでしょうか。この方の生活全体をしるには、当時の一般的な生活ともう少し比較する必要があるなと思いました。

 

                       元金沢星稜大学非常勤講師 冨家 貴子