「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

05 Mar

 やっと3月になりました。相変わらず雨はよく降りますが、

 

 雪は降らなくなり、もうスタッドレスタイヤ(雪用タイヤ)を交換しても大丈夫だろうと思っていたら、知人が「積もってきましたね」というメールを送ってきました。嫌な予感がしつつ、窓越しに外をのぞいたら、白いものが一面に積もっている・・・。またか・・・という気持ちになってしまいました。

 

 しかし今、雪どころではないことが起こりつつあります。


 厚生労働省は今年1月、昨年の指定都市市長会の提言を受け、有期保護制度と医療扶助の一部自己負担化について言及しました。これは、生活保護法「改正」の議論につながるものとして多くの団体が懸念しています。


 このような議論が出てきた背景には、以前に大阪府・大阪市の提言についての原稿で触れましたが、雇用環境の悪化による生活保護利用世帯の増加があります。そしてもう一つ、有期保護制度を実際に採用している国があり、参考にしようとしていることが挙げられます。


 生活保護制度の有期保護を採用しているのはアメリカ合衆国です。有期保護制度の名称は「貧困家庭一時扶助」(TANF(Temporary Assistance for Needy Families)、以下「TANF」という)といいます。1997年に施行されたTANFは、主に子どものいる母子家庭を対象とした公的扶助制度です。TANFの目的は「就労準備、就労および結婚の促進により、困窮状態にある親への公的給付への依存を克服させる」
iとあり、最低生活を保障するものとはなっていません。連邦政府の法律ですが、州によって対応が少しずつ違ってきますii

 まず、要件を満たす人をすべて保障するのではなく、予算の範囲内で法律を施行してよいとなっています。つまり、要件を満たしても、州によっては予算が不足した場合、TANFを受けることができないことがあるのです。そして、TANFを利用できる期間は、一生のうち5年です。5年以下の州もあります。TANFを利用できても、ひとり親だと週に30時間、2人親だと州に35時間、職業訓練やボランティアを含む労働を行わなければなりません。また、16歳未満の子どもの親との同居を義務とし、利用期間中に子どもを作ることを禁止しています。これらの要件を満たさない場合、州によってはTANFの減額や打ち切りなど罰則が設けられています。


 アメリカ合衆国は一見すると豊かに見える国ですが、格差の激しい国で、内実は人種差別があり、貧困率も高く、昨今のリーマンショック以降、不況が続き、失業率も高くなっています。人々が失業するのは個人の責任ではないのですが、就労でき、生活できる賃金を得られないこと、そしてTANFを利用しきっても生活できない場合は自己責任になることをこの法律は表しています。


 TANFのような法律を日本でも適用できないか考えられているのですが、日本で適用した場合、アメリカ合衆国よりも悲惨なことが起きると専門家の間では懸念されています。


 アメリカ合衆国の場合、TANFは貧困世帯の政策の一制度であり、TANFが打ち切られたとしても、農業省が発行するフードスタンプや保健福祉省が担当する低所得者向け医療制度であるメディケイド、セクション8と呼ばれる住宅開発省が担当する住宅扶助を利用することができます。制度が縦割りになっており、管轄もすべて違うのです。
iii

 日本の場合、食費の保障に該当するのは生活保護制度の生活扶助第一類費、メディケイドに該当するのは生活保護制度の医療扶助、セクション8に該当するのは生活保護制度の住宅扶助と、すべて厚生労働省が管轄する生活保護制度の中に組み込まれています。つまり、日本では、アメリカ合衆国の低所得者政策に該当するのは生活保護制度しかないということです。


 このような制度の違いがありながら、TANFを模倣して日本で有期保護を実施するとなると、生活保護制度が打ち切られた場合、私たちの生活を保障してくれるものが何もなくなってしまいます。また、医療費の一部自己負担化を行った場合、最低生活基準を下回る生活となってしまいます。


 世界の社会保障政策は「ワークフェア」と呼ばれる、就労し、労働市場に人々を包摂することで自立を図る方向へと向かっています。しかし、私たちの生きている資本主義社会は、個人の努力などにかかわらず貧困に陥るという欠陥を持つ社会です。そのため、人々は働けなくなったときの生活の保障を求めてきました。それが、今日では基本的人権の保障の一つとして、権利としての社会保障として認められています。

 資本主義社会では、何らかの事故が起こり、働くことができない場合の所得保障や対人サービスといった社会保障と、働く場の保障がセットでないと私たちは生きていけないのです。


 今の日本で、私たちが生きていくうえで不可欠の「車の両輪」といわれるこれら2つの施策が保障されているのでしょうか。マスメディアは「生活保護を利用している世帯が急増している」とだけ煽りますが、日本はそれ以外の社会保障制度がほとんど機能しておらず、また非正規労働が急増し、かつ、働く場がないという、雇用の保障も底抜け状態という要因から生活保護利用世帯が増えているにすぎないのです。
本来なら、生活保護制度の利用に至るまで私たちの生活はどのように保障されているのかを取り上げ、議論されなければならないのです。


 有期保護の議論が進めば、今日の人々の生活の経済的な悪化をすべて生活保護制度に押し付け、しかも生活保護制度を変えてすべてを個人の責任に帰してしまうことになってしまうのではないでしょうか。問題が法に触れるとなると、憲法も見直さざるを得なくなります。


 アメリカ合衆国のTANFという制度は、日本では模倣すべき施策ではなく、反面教師としてみるべき施策ではないでしょうか。

i 生活保護問題対策全国会議編『アメリカ福祉改革の悲劇に学べ!』全国クレジット・サラ金問題対策協議会、2009年、p16

ii アメリカ合衆国は、州の権限が広く認められている国です。

iii 前掲書、p21参照

                        金沢星陵大学非常勤講師 冨家 貴子