「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

04 Feb

 先月末、ここ北陸地方は10年ぶりの大雪に見舞われました。何回か雪は降ったのですが、

 大雪のときは二晩ほど雪が止まず、長靴を履いても膝までずぼっと埋まるほど雪が積もりました。2月に入り、ようやく雪は止みましたが、夜になると雪が凍り、昼になると雪が解け、という繰り返しで、車を運転するときはハンドルをしっかり握っていないと、雪でできたでこぼこ道にハンドルを取られてしまいます。

 その先月20日、水俣病被害者の方が、鹿児島県知事に対して、不服審査請求を行いました。この方は、水俣病特別措置法に基づき、公害原因企業であるチッソから一時金を受け取りました。それを福祉事務所が収入として取り扱ったため、生活保護を打ち切られてしまったのです。

 生活保護は、「健康で文化的な」最低限度の生活を保障するという目的が法第1条に明記されています。そして、その生活はあくまでも「最低限度」に縛られますので、何らかの収入があった場合、「最低限度の生活」を超えるとされ、超えた分は収入として認定され、毎月支給される生活保護費から差し引かれるか、生活保護を停廃止されるか、生活保護法63条に基づいて今まで支給されていた生活保護費を返還してもらうか、いずれにせよ、収入を生活保護費より優先する何らかの措置が取られます(金額や、どのようにして収入を得たのかによって取られる措置は変わります)。

 しかし、何でもかんでも一律に収入として認定するわけではありません。その収入が自立のために必要な場合や、社会通念上収入として認めるのが不適当等の場合は、収入としてみなさない措置がとられます。

 数多くあるのですべて紹介はできませんが、例えば出産、就職や冠婚葬祭に際して贈与される金銭、災害などで損害を受けたことにより臨時的に受ける補償金、保険金、死亡を理由として受ける保険金のうちその世帯の自立のために当てられる額、地方公共団体が条例等に基づき定期的に支給する金銭のうち支給対象者一人につき8,000円(月額)、戦傷病者戦没者遺族等援護法による弔慰金等です。公害に関しては、「公害健康被害の補償等に関する法律」が適用される方には、この法律により支給される療養手当や補償給付のうち一定額が収入認定除外となります。

 前述した水俣病特別措置法は、「公害健康被害の補償等に関する法律」が適用されない人たちに何の措置もとらなかったとして、法律が適用されなかった水俣病被害者の方々が訴訟を起こし、2004年の水俣病関西訴訟最高裁判決にて、裁判所が国及び熊本県はこれまで何の措置も取ってこず、被害を拡大・放置した責任を認めたことから2009年に制定された法律です。

 水俣病は、1956年に発症が確認された日本の4大公害の一つであり、国・チッソ側が公害の責任を認めなかったことから、被害が拡大していった経過があります。水俣病被害者の方々は、今日まで非常に辛い思いをされたと思います。公害が放置されてきたために、人生を大きく狂わされたといっても過言ではないと思います。一時金が支払われても、これまでの人生のすべては取り戻せません。人生のほんの一部分を埋めるものでしかないのかもしれません。

 そのような一時金を、一律的に収入認定扱いすることがどうなのか、そもそも、国が公害の責任を放置し、今日になってやっと支払われた代償を再び国が奪ってしまうような形になってしまうのではないかと思いました。

 生活保護を利用するのにその理由は問われないことは法第2条に明記されていますが、利用に至る背景は本当に人によって大きく違います。私は、この問題は、きちんと被害者の方の思いを聞き、国でどう取り扱うべきか議論をすべき問題だと思います。そうでないと、再び国が公害の責任を放置することになるのではないかと思うのです。地下鉄サリン事件の時には、生活保護利用者への損害賠償金を収入認定しない特別措置をとっている前例があるのです。

                金沢星陵大学非常勤講師 冨家 貴子