「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

01 Nov

先週は雨のせいか、急に寒くなりました。部屋の中も寒くて、

石油ファンヒーターを点けようか点けまいか迷いました。その雨に入る前に、こちらの知り合いの方がお誘いくださり、白山の麓になめこ採りに行きました。先着されていた他の方々はすでになめこを採られ、なめこ汁の準備をされていました。その間に、私たち数人はなめこを採りに山に入りました。原木になめこの菌を埋めてあり、そこから出たなめこを採るのですが、なめこが生えているところを見ること自体生まれて初めてのことで、自分の手元ばかり見てしまって周りを上手く見渡せません。途中、シイタケと思われるきのこを他の方が採られたのですが、なめこを栽培している方によると、それは毒きのことのことでした。そのシイタケまがいの毒きのこは、かさの部分がしいたけのように丸まっていません。他の方は「匂いがシイタケと違う」とおっしゃられたのですが、私は匂いをかいでもシイタケのような匂いとしか思えませんでした。やはり、素人は下手にきのこに手を出すものではないと思いました。


 結局、なめこを少し採ることができ、みんなでなめこ汁と煮ものやおにぎりをいただきました。なめこ汁はなめこの味が出汁によく出ており、なめこはこんな味がするものだったのか、と2~3杯お代わりをしました。

 

 だらだらとなめこ採りのことを書きましたが、このなめこ採りの帰りの話が今回の主題です。

知り合いの方の車に乗って3人で帰路についていたとき、私の隣に座っていた男性のYさんがご自分のことを話されました。

 Yさんは現在70歳を過ぎておられます。若い頃は営業の仕事で365日車を運転していたそうです。60歳になって初めて大型免許を取り、トラックの運転をしていました。60歳で大型免許を取得するのは大変だったそうですが、実技試験に合格した時は、試験官の方も一緒に喜んでくださったそうです。しばらくして、体調が悪くなり、仕事もできなくなり、生活のために借金をせざるを得なったとき、たまたま知り合いのMさんに出会い、入院、癌だったために手術を行い、生活保護を利用することになったとのことです。Yさんはその時のことを、「本当にどうしたらいいか分からなかった。あのときMさんに出会ってなかったら、もう生きていなかったかも知れん。手術の時は、福祉事務所の人も何度かお見舞いに来てくれた。2回手術したしね。」と振り返り、「今こうやって元気でおれるのも、Mさんのおかげや。生活は大変やけど、もう一度生活を立て直すことができた。今生きていることが嬉しい。」と話されていました。

 

 私はYさんの話を聞いて、人とのつながりは、現在の貧困を考える上では本当に切り離せない大きな鍵となるのだと思いました。どんな状況に陥っても、人とのつながりが切れなければ、Yさんのように援助を受けながら生活保護を利用し、新たな生きる意欲が湧いてくることが実際にあるのだと思いました。

 先日、NHKの「ミドルエイジ・クライシス」という番組をたまたま見ました。私と全く同じ年代か近い年代の方々が、何度ハローワークに通っても仕事が見つからず、この先どうしたらよいのか分からない、普通に仕事をして、家族を持って、自分の家を持つ、今まで当たり前のようにできることだと思っていたことができなくなっている、自分たちはこの先どうなるのだろう、と先行きのない不安に陥られている様子が伝わりました。私たちの年代は、ちょうど就職氷河期に就職活動をした最初の世代と言われています。今の大学のように様々な資格講座や就職試験対策講座など特になく、何の準備もないまま就職活動をしていた世代です。私と同じ思いを抱いている人がこんなにいるのかと思い、涙なしでは見られなかったのですが、生活基盤の脆弱さが私たち30代を襲い、本来なら仕事をすることや家族を持つことで社会や人とのつながりを築くことが当たり前のようにできたのが、それもできなくなり、一人ひとりが孤立していることを、実感をもって知りました。

 

 そのような世代の私にとって、なめこ採りに誘っていただいたことは、休日を一人で過ごすことがほとんどの中で、誰かが声をかけてくださることを本当にうれしく思ったことでもあるのです。それは、どこかで人とのつながりがあることを感じ、また、Yさんの話を聞くことで、本当に生活をやり直すことってできるんだな、自分は何でこんなにあくせくしているのだろう、と少し自分を振り返るきっかけともなりました。 

 

そのYさんの心残りなことは、ずっと365日車を運転していたのに、今は車もなく、運転できないことだそうです。

 そして、Yさんと話をして私が心残りに思ったことは、老齢加算があれば、Yさんは、もう少し生活が楽だったろうなあということです。

*Yさんの話したことは、内容を少し変えて書いています。ご了承ください。

金沢星陵大学非常勤講師 冨家 貴子