「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

02 Sep

 日本中残暑が厳しいというより、猛暑が続いております。実家のある太平洋側は、暑いことには変わりないのですが、

 やはり湿度が日本海側よりも低いので、帰省したときは、自分が予想したほど暑いとは思いませんでした。そう思いつつ祖母に会いに行った時、電車の階段を上ることができなくなっている(JR天王寺駅での乗り換え時は特に)ことに気付きました。父親の方がスタスタと歩いておりました。年齢とともにまた体力が落ちたのか、ただの運動不足なのか、いずれにせよ、両方にせよ、非常にショックを受けました。しかし、帰り道は私の方が早く歩いておりました。持久力は私の方が上なのか?30歳以上も年の離れた父親と比べても何の自慢にもなりませんが。

そして、この猛暑の中、一番元気だったのは93歳の祖母でした。前回は戦争中闇市に買い出しに行った時の話をし、今回は亡くなった祖父の兄のお嫁さんの話をしておりました。その中で、とても不思議なことを言っておりました。「おばあさん(祖母)の娘の妹」とは一体誰を指すのでしょう。「親戚の誰か」みたいな話し方なので、一瞬考え込んでしまいました。

 そんなことがあった私の実家がある大阪府と、祖母が現在住んでいる大阪市が、国への生活保護制度の提案骨子案を出しました。提案内容は大筋で大体同じではないかと思います。その中で大阪市は、新聞でも取り上げられるほど生活保護を利用している世帯が非常に多く、生活保護費のうち100分の25は大阪市が負担することになるので、国に対して生活保護費の全額国庫負担を提案していることには頷けました(大阪府版には書いていませんでした)。以前にも書きましたが、現在の生活保護法の法案議論のときに生活保護費を全額国庫負担としなかったのには、地方自治体負担を残すことで生活保護を抑制するという意図があります。できるだけ生活保護を受けさせないように考えられたことなのです。元々合理的理由があったものではないので、憲法25条の権利をきちんと保障するためにも100%国庫負担にすべきだと思いました。

 しかし、他の提案を見ますと、生活保護制度を変えただけでは解決できないと思われたこともありました。

働くことが可能な「稼働可能層」に対して、就労自立を強力に促すための「有期保護」を打ち出していることです。大阪府・大阪市版には何年とか具体的には書かれていませんが、大阪府版には「原則1年ごとの更新」と書かれています。1年ごとに就労への自助努力を行っていたか見て、更新時に新たな就労支援策を計画するとのことです。大阪市版には、就労できない場合は社会奉仕活動などをさせるとのことです。社会奉仕活動が無償の場合、報酬に換算し、報酬相当額は生活保護費としてではなく、社会奉仕に対する対価として位置づけるとのことです。

 私が何回か読み直して思ったことは、①就労自立できる労働環境が整っているのか、②「有期保護」という考えが成り立つのか、③就労や社会奉仕活動の位置づけが「生活保護からの自立」だけでよいのか、ということです。

 ①については、派遣労働への批判が強まり、労働者派遣法案が提出されましたが、実質的には派遣労働を維持するものでしかなく、国が正社員として雇用を保障しようという姿勢になっていないことです。現在生活保護を利用している方の中には派遣切りに遭われた方も多くいらっしゃると思います。そして、求職活動をしても、ほとんどが派遣労働です。再び派遣労働に就いて一応「生活保護からの自立」を果たしても、また派遣切りに遭うことが十分考えられます。正社員でもリストラされる時代です。私はこのような簡単に労働者を切り捨てられるシステムを変えない限り、せっかくの働く意欲さえ奪われていくのではないかと思うのです。

②については、①とも関連しますが、資本主義経済は、何らかの形で好不況に対して調整の利く労働者を常に存在させる経済システムです。このような経済システムである限り、「有期保護」という考えは成り立ちません。それは、命をうばうことと等しいことなのです。大阪府版では更新できない場合どうするのか何も書いていないので深く言及できませんが、生活保護を利用しながら求職する方にとっては、精神的には不安定な生活状況にならざるを得ないのではないかと思います。

 ③については、人間が社会とかかわることにどのような意味があるのか、自分が社会の一員として存在していること、自分の存在を誰かが気にかけてくれること、誰かの役に立っていること等、もっと幅広く人間の社会的存在意義を捉えないと、働くことや社会奉仕がただの苦痛としてしか映らないのではないかということです。働くことの苦痛というものは、現在働いている方誰しもが多かれ少なかれ持っていることではないかと思います。ですので、働くことや社会奉仕にどのような社会的意義があるのかは、生活保護を利用している方だけの問題ではなく、社会全体の問題でもあるのです。

 他にも生活保護を利用する前の「第2のセーフティネット」の構築や、高齢者の生活保護利用増加に対する年金との整合性、高齢者だけの生活保障制度の構築など、いろいろと書いてありました。

すべてを紹介して議論することは紙面上、また私の能力上難しいのですが、この大阪府・大阪市の提案は、ある意味、日本の社会保障や労働のあり方に対する問題提起とも捉えられると思いました。

 

*資料を提供くださった全大阪生活と健康を守る会には、この場で御礼申し上げます。

                金沢星陵大学非常勤講師 冨家 貴子