「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

04 Jul

 梅雨のせいか、最近心身ともにとてもだるく、もともと疲れやすい体質なのに更に疲れて何もしたくない状態が続いています。

 北陸の梅雨は湿度が非常に高く、更に私の住んでいるアパート内は外より湿度が高く(湿度計は置いていませんが、ムワーッとします)、除湿機が欠かせません。その他にも色々なことを思い悩み、ああ、私ももう駄目か、毎日生きていくのに疲れた、もう嫌だと思いながらテレビをつけると、NHKの夜7時の全国ニュースで、生存権裁判福岡高裁判決の映像が流れていました。「勝訴」の文字が目に入り、びっくりしました。そして、「やっと勝った・・・」と涙が出てきました。報告集会で、高木弁護士が「我々は、勝ったんです!」と発言されていた映像は、未だに頭から消えません。

 ということで、今回は生存権裁判福岡高裁判決(以下、「福岡高裁判決」という)を取り上げたいと思います。

 福岡県北九州市に住む、生活保護の老齢加算対象者だった原告39名が北九州市を相手に、老齢加算廃止取り消しを訴えていたもので、一審では敗訴しています。その控訴審が福岡高裁であり、原告側勝訴判決が出されました。

 判決文によりますと、ニュースで言っていたように、老齢加算廃止は憲法25条に反するかどうかという「憲法判断」は避けています。しかし、生活保護法に反するかどうかでは「違法」と判断されました。

 違法に該当する条項は、生活保護法第56条「不利益変更の禁止」です。これは、正当な理由なく、生活保護の実施機関(福岡高裁の場合は北九州市)は、生活保護を利用している者が不利益をこうむるような変更をしてはいけないという条文です。福岡高裁判決の場合、厚生労働大臣の裁量によって老齢加算は廃止され、それを受けて北九州市は保護の変更を行ったため、老齢加算対象の生活保護利用者は不利益を被ったと裁判所は判断したのです。

 このことを前提に、福岡高裁判決ではどの行為を指して「不利益」としているのかを数点述べています。ごく簡単にまとめると、

 ①老齢加算見直しを検討する前から、国は「廃止ありき」で議論を進めていた

 ②老齢加算を廃止するなら「生活が激変しないよう何らかの緩和措置をとるように」と、「生活保護制度の在り方に関する専門委員会」(以下、「委員会」という)で報告された4日後に厚生労働大臣は廃止を決めた

 というものです。

 ①に関しては、老齢・母子加算の見直しを議論した委員会が開かれる以前に、いわゆる「骨太方針2003」で老齢・母子加算の見直しが決定されていました。ここでいう「見直し」とは「廃止」の意味であり、「骨太方針2003」をまとめる段階で、すでに財政制度等審議会などで老齢・母子加算を「廃止してもよいのではないか」と議論していたのです。つまり、国は廃止の方向で決定しておきながら、その根拠づくりとして、委員会で最初に老齢・母子加算見直しを議論させたのです。

 ②に関しては、委員会で老齢加算見直しの議論が行われましたが、委員による結論は出ませんでした。ところが、事務局(厚生労働省)は「中間とりまとめ」案を提出、一部の委員の意見と資料を「つまみ食い」して、一方的に老齢加算廃止を打ち出しました。それに対して、「廃止という結論は出ていない」「廃止するなら生活が激変しないように何等かの緩和措置をとるように」など委員から意見が出、事務局は「中間とりまとめ」で「緩和措置をとる」ことを盛り込みましたが、段階的に削減するのみで、3年後には老齢加算を全廃しました。

 このような経緯によって老齢加算を廃止したことが「社会的常識から逸脱している」「厚生労働大臣の裁量権の逸脱または乱用に当たる」として、老齢加算対象者だった生活保護利用者に対して不利益となる変更を行ったと裁判所は判断したのです。

 福岡高裁判決の大きな意義として、生活保護基準に関して違法だと判断されたものとしては、1960年の朝日訴訟東京地裁判決以来、2度目の判決になることです。もうひとつ大きな意義は、これまでの構造改革路線のあり方を裁判所が批判していることです。毎年社会保障予算を2200億円ずつ削減していく、その方法があまりにも強引なのです。裏を返せば、そうでもしなければ社会保障予算というものは削減することが難しい予算でもあることを示しているのです。

 その後、生活保護基準に関して裁量権のない首相が「老齢加算は復活させない」と発言し、北九州市が上告しました。私はここで疑問を抱きました。生活保護基準に関して裁量権のない者が、なぜ安易に生活保護基準に関して発言できるのかということです。そもそも、厚生労働大臣が裁量権を持つことが妥当なのかという問題もありますが、この老齢加算廃止問題は、生活保護を利用している人だけの問題ではないのです。70歳以上高齢者の貧困基準を左右する問題であり、国が70歳以上高齢者の生存権をどう保障するのかという問題なのです。何の根拠もなしに「復活させない」と発言できる背景はこれから分析が必要ですが、国民が生活保護基準=貧困基準の設定に関与できない仕組みがあり、それゆえこの基準の意味が国民に知らされていないということも要因にあるのかと思います。

 いろいろ書きましたが、最後に、今回の福岡高裁判決は、原告や弁護団の弁護士をはじめ、多くの方の大変な努力のうえに出されたものです。生存権裁判東京高裁に証人として出廷した者として、改めて自分たちの権利を守ることは困難なことであり、しかし、権利として明文化されているからこそ、法廷で争うことができるのだと、実感しました。


 
               金沢星陵大学非常勤講師 冨家 貴子