「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

23 Mar

 ここ金沢にも春一番のような生暖かい風が吹いたと思ったら、また雪が降ったりと、本当に春に向かっているのかと疑うような気候が続いています。

 最近の私といえば、元々ストレスを上手く発散できるタイプでないうえに、一人暮らし歴が長いので(10年以上続いています)、仕事から家に帰っても誰に声をかけられることなく、仕事のことを引きずったまま何もできずに一日が終わることがほとんどという生活を送っています。こんなときに親から電話がかかってきたときはとてもうれしく、自分はいつまでたっても子どもだと感じます。

 さて、今月初め、金沢市の研究会で現役生活保護ケースワーカーの方の発表がありました。生活保護を利用されている方への自立支援の現状と、自分自身が考える「自立」のあり方を話されました。以前このブログで、西ドイツと日本の生活保護の考え方の違いを少し紹介しましたが、ここでは、もう少し的を小さくして、生活保護を利用して「自立」するとはどういうことなのか、少し考えていきたいと思います。
 
 現行の生活保護法第1条には、生活保護の目的として「最低生活の保障」と「自立の助長」が掲げられています。後者の「自立の助長」に関しては、現行生活保護法への改正時に厚生省内でも非常に議論されました。これは有名な話ですので、少し長くなりますが紹介したいと思います。当時、厚生省社会局長だった木村忠二郎は「自立の助長」に関して、「進んでその者の自力更生をはかることにあることは、國の道義的責務よりしても当然のことであるが、改正法においては第一條にその趣旨を明言してこの種の制度に伴い勝ちの惰民養成を排除せんとするものである」(ママ)[1]と、生活保護制度は働かない者を作ってしまうので、そのようなことがないようにする=自分で働くなどして何とか生活保護から脱却することが「自立の助長」だと解説できるようなことを述べています。これに対し、当時厚生省社会局保護課長だった小山進次郎は、「自立の助長」とは、その人のうちにある可能性を見出して引きのばし、その人らしく社会生活に適応させることであり、それが本当の意味での最低生活保障であるとし、木村の「自立の助長」論に対して、「自立の助長を目的に謳った趣旨は、そのような調子の低いものではないのである」[2]と反論しています。
 
  「自立の助長」に関しては、同じ省内でもこのように議論が分かれるほど捉え方が分かれるものだったのです。その後、生活保護行政の現場で「自立の助長」が実際にどのように運用されたのかは、その後の歴史をみると明らかです。
 
 そして、現在、生活保護行政では、「自立支援プログラム」を作成し、様々な世帯に応じた「自立支援」のあり方を模索しています。ワーカーの方はそれに対し、生活保護を利用してまずしなければならないことは、「生活再建」だと話しておられました。生活保護を利用して、働ける人にはまずハローワークに通ってもらい、仕事を見つけることが最優先になっているが、今の不況で仕事が見つからないのを承知でただハローワークに通ってもらうだけでよいのか、疑問を投げかけています。それは、越えられない高い壁を無理に越えさせることだ、日々の生活を少しずつ、階段状に整えていく=「生活再建」ことをしなければ高い壁というものは越えられないと話しておられました。
 
例えば、長期間ホームレスの状態からアパート生活に至った方には、まずアパート生活に慣れてもらうこと、アパート生活になると今までのホームレス同士のつながりが途切れてしまい、孤独に陥りやすいので、仕事にすぐ就くことができなくとも何か社会との接点をもてる活動~ボランティア活動や人との交流の場を持つなど~から始め、その中で世の中とのつながりを実感し、自信を取り戻していくことが必要とのことでした。また、ひとり親家庭の場合、親が病気だったりするので、まず治療して生活に落ち着きを取り戻すこと、子どもが勉強についていけていない場合は子どもへの学習援助が必要とのことでした。
 
私は「なるほど」と思いながら話を聞いていました。「自立」というと、生活保護から抜け出すこと=経済的に自立することと捉えがちです。しかし、その前に「生活再建」がなければ経済的に自立を目指すことはとても難しく、「自立」を「経済的自立」と非常に狭く捉えてしまうと、その人にまず必要なものは何なのか、援助する側は見失ってしまうでしょう。援助される側も、自信を取り戻しながら、社会生活を送っていくことができるという確信を持てず、本来なら上ることのできる階段が上れなくなるのでしょう。
 
最近の社会福祉のテキストは、援助が「自立支援」に置き換えられ、一人立ちすることが援助の目的のようになっている感がしますが、私はワーカーの方の話にあるように、社会の現状は簡単には変わらないけども、その中で人々がどうしたら主体的に自分たちの生活を形成していけるのかということが援助の最初になければならないと思います。自分がその援助を行えるのかと聞かれると、正直に言って不十分にもできないと思います。しかし、話を聞きながら考えてみることはとても大事なことだと思いました。「自立支援」と「生活再建」という言葉は、木村と小山の議論と重なって見えるのです。
 金沢星陵大学非常勤講師 冨家 貴子


[1] 木村忠二郎『改正 生活保護法の解説』時事通信社、1950年、菅沼隆監修『日本社会保障基本文献集 第Ⅱ期 被占領下の社会保障構想 第13巻 改正 生活保護法の解説』収蔵、2007年、p49
[2] 小山進次郎『改訂増補生活保護法の解釈と運用(復刻版)』全国社会福祉協議会、2004年、p92~93