「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

02 Feb

 あっという間に正月は過ぎ去り、2月になりました。先月は白山そばを食べに山に行きました。

 

 スキー場の近くにお蕎麦屋さんがたくさんあるのですが、スキー場近辺の雪が少ないことに驚き、山に雪がないのは寂しいと感じました(街に雪が降るのは困りますが)。でも、久しぶりの白山そばはおいしかったです。そして次の日、京都でお世話になった方々との金沢でのつかの間の再会に心が久しぶりに満たされました。今の私は(十数年前の大学時代も含め)京都抜きにはなかったのだとつくづく思いました。私は京都に育てられたのです。
 
いつも休みの日はほとんどアパートに閉じこもっている私ですが(静かに過ごせますが、反面寂しさを感じます)、心を満たすものはおいしい食べ物と人のつながりなのだとしみじみ思いました。
 
 さて、今年の正月過ぎに、「新しいセーフティネット」の制度支援ガイドブックを手に入れました。これは、仕事を失うと同時に生活の基盤となる住居も失うという事態が起こる中での対策でもあります。内容は、簡単に述べると、職と同時に住宅を失った人への住居の提供、家賃貸付・給付、入居資金貸付、生活資金の貸付・給付、就職活動費の貸付・給付を行うというものです。給付になるのか貸付になるのかは、その人の状況によって違います。
 
 すでにあちこちでこの制度の批判が行われているのでご存知の方が多いと思いますが、一見すると確かに新しい制度なのですが、見方を変えると生活保護制度への移行防止策でもあるのです。生活保護制度を利用すると、住居の入居資金は支給され、生活費も支給されます。生活保護を利用しながら就職活動や職業訓練も受けられます。現存の制度がすでに確立されているのですから、わざわざ住宅や生活に関する新しい制度を作る必要があるのかとも思います。しかも期間が半年と決まっています。失業率が5%、有効求人倍率が0.5倍に満たないと公表されている今日、半年で仕事を探して自立することは果たして可能なのだろうか疑問に思います。
 
 そして、もう一度見方を変えると、住居は不安定な形態だが仕事があるとき(例えば社員寮に住みながら働いているなど)に既にこの制度があれば、仕事と同時に家を失う方は減らせたのではないかと思うのです。賃貸住宅に入居する場合、まとまったお金が必要です。しかし、お金の工面ができない場合、貸付を受けることで入居することが可能となります。住居を見つけることができない場合、住居の提供を行えば生活基盤を確保することができるのです。これらを合理的に進めることができる形態が公営住宅の増設だと思います。一定の広さを確保した公営住宅に入居できれば、以前報道されたような、一部屋に2段ベッドがいくつも置いてあって月額四万いくらも徴収するような貧困ビジネスが入り込むすきはできなかったと思われます。その上に、失業した場合や職業訓練を受けている間の生活費の給付が、雇用形態を問わずすべての働く者を対象とした制度として以前からあれば、住居から追い出されることなく安心して就職に向けての訓練・活動を行うことができます。これらを合理的に進めることができる制度は、失業保険(失業給付)だと思います。生活保護制度はよく「最後のセーフティネット」ともいわれますが、資産調査や親族の扶養調査などが行われ、「スティグマ(恥辱感)」を伴うのです。そういう意味では、働く者は働く者のための制度に包括されるほうがよいのです。
 
 派遣労働者の仕事打ち切りが行われたので「新しいセーフティネット」のような制度を作ったのですが、私は、そのようなことが起こる以前から、内容の良し悪しは別として今回のような制度を確立、または従来の制度を改善して対応していれば、働く者の社会保障制度があまりにも乏しい日本においては、不十分であるとしても、いくらか効果はあったのではないかと思います。
 
 日本の社会保障制度は、家族(夫婦と子ども)の形成と終身雇用を前提とした制度設計になっています。また、住宅は公営住宅の建設ではなく持ち家政策をとってきました。未婚層が増加し、終身雇用制度が崩れた現在、既存の社会保障の制度設計では対応できないことは既に明らかになっています。「新しいセーフティネット」を一時的なものと位置づけるのなら、社会保障の制度設計の見直しが必要ですし、社会保障の制度設計の見直しを行わないのなら、「新しいセーフティネット」を恒常的な制度として位置づけ、内容も改善して給付を増やすなど、何らかの対策が必要でしょう。両方とも行わないのであれば、結局は生活保護制度を利用せざるを得ません。「新しいセーフティネット」は一体何だったのか、今後も問われることになるでしょう。
 

 今回の「新しいセーフティネット」は、大きな問題点を抱えてはいますが、これからの日本の社会保障制度に何が不可欠になってくるのかを内包するものでもあると思います。私は、生活基盤が非常に不安定な単身者の一人として、失業した場合にアパートの家賃と生活費の工面に直面しますので、今の制度のままでは不安を覚えます。皆さんはどのようにお考えでしょうか。

金沢星陵大学非常勤講師 冨家 貴子