「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

27 Jul

 北九州市に住む障害者夫妻が、自動車を所有していたことから、福祉事務所が生活保護を停止したのは違法だと裁判に訴え、今年5月、北九州市の処分は違法だという判決が下されました。

 この夫妻は病気と障害のため働くことができなくなり、生活保護を利用することになりました。もともと仕事用に自動車を所有していたのですが、妻はほとんど歩行できず、タクシーや公共交通機関を利用することができなかったこと、また、夫も病気のため、買い物や通院に自動車が不可欠となったことから、自動車が「生活維持手段」の一部となっていました。それにもかかわらず、福祉事務所は「資産」とみなして、自動車の売却を「指導」し、それを拒んだことから福祉事務所は生活保護を停止した、という経過がありました。
 
 生活保護と自動車の取り扱いについては、この訴訟以前から「生活維持手段」か「資産」かをめぐってずっと議論され、争われていただけに、裁判所がこのような判決を下したということは、その世帯に応じて最低限度の生活を保障することを前進させ、これからの生活保護の運用にも大きな影響を与えるものと思っています。
 そして、この判決の記事を読みながら、「自動車って本当に資産に当たるのかなあ」と思いました。これは単に自動車の保有の是非を巡ってだけではなく、誰もが自由に移動できる街づくりや福祉施策とも大きく関連するからです。
 
 移動の保障について、3つの視点を簡単に書いてみました。
1つ目は、公共交通網が発達しているかです。一地方都市に住んだことで、大阪にいるときに当り前のように使っていた公共交通機関は、実は日本のほんの一部でしか発達していないこと、地方ではむしろ、路線の廃止や便数の減少などで、自動車を持たざるを得ない生活様式となっていることが分かりました。石川県では、以前は能登半島の輪島まで電車が通っていたそうですが、廃止となり、輪島まで行こうと思えば、バスか自家用車でしか行くことができません。白山の方へ向う電車も一部廃止の動きがあります。
 
 2つ目は、公共交通網が発達していても、その利用が可能かどうかです。例えば駅までの道のりが近いか・安全か・公共交通を使って駅まで行くことができるのか等アクセスの問題、駅自体が誰もが利用できる構造か・乗り物自体が誰もが利用できる構造か等交通機関自体の問題、そして利用した場合の費用の問題があります。私は、これに関しては、ちぐはぐな所が多いと思います。駅にエレベーターが設置されていても、そこに行くまでの道路に段差がある、電車とホームの間が広く開いている、電車とホームに段差がある等、人間の動作を連続的に捉えられていない設計になっていると思います。
 
 3つ目は、移動の保障が国や自治体などの街づくりや福祉施策によって行われているかです。その人の必要に応じて、また身体状況に応じた移動が保障されているか等施策の内容と、利用した場合の費用の問題があります。自治体によっては、高齢者や障害者にバスの無料乗車券を配っているところがあり、それ自体は良いのですが、バスを利用できない身体状況の場合、タクシーチケットを配るなど、それの代替え策が必要です。
 
 この3点だけでは不十分だと思いますが、これだけのことを考えても、誰もが移動を保障されているとは言えない日本の状況が浮かんでくると思います。
 
 自分が地方都市に住み、自動車を運転せざるを得なくなって、日本はやっぱり車優先社会なんだということを初めて実感できた気がします。道路建設は次々と行われ、自動車による移動は便利になっているのですが、前述したように、公共交通網がその分縮小されているのです。
 
 ますます自動車に依存せざるを得ない生活様式になり、公的な移動保障が不十分であれば、最低生活の維持に自動車が必要になってくることは、ある意味必然なのではないかと思うのです。
 
 しかし、これは、自動車を運転できる身体状況である、自動車を保有していればの話で、自動車を保有していない、加齢や障害等により自動車を運転できなくなったとき、自動車は生活手段としても役に立たなくなってしまいます。最後に浮かんでくるのは、日本の移動保障の貧しさなのかもしれません。
金沢星陵大学非常勤講師 冨家 貴子