「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

25 Feb

 社会問題と言っていいほどの介護労働者不足、その原因の一つとなった介護報酬の引き下げに対して、厚生労働省は3%の介護報酬上乗せを打ち出しました。

 

 3%といっても条件があり、介護労働者の賃金に跳ね返ることはないと言われています。また、これから団塊の世代と呼ばれる年代の方たちが高齢者の仲間入りを果たし、高齢者への福祉的対応は更に求められます。
 
 現在、高齢者福祉問題に関しては、老人福祉法と介護保険法で対応していますが、1963年に老人福祉法が制定される以前は高齢者福祉に関する法律はありませんでした。それでは高齢者福祉はどの法律が対応していたか、皆さんはご存知でしょうか。
 
 実は、生活保護法が対応していたのです。以前、老人福祉法以前の高齢者の状況をある方から聞く機会がありましたので、そのときに聞いた話も交えながら生活保護制度側の視点でみていきたいと思います。
 
 戦前は民法の規定により、家族制度は絶対主義的家父長制の下に置かれていました。そして、高齢になった親は子どもが面倒をみていました。戦後は民法が改正され、この絶対主義的家父長制はなくなりました。しかし、民法が改正されたからといって人々の意識がすぐに変わるわけではありません。また、親元を離れて地方から大都市へ子どもが働きに出るということは1960年代の高度経済成長期以降にみられたことでしたので、高齢になった親の面倒はまだ家族がみていました。まだ家族扶養の時代だったそうです。
 
 それでは主にどのような高齢者が生活保護法の対象になったかというと、戦争で家族を失って身寄りの無い方や単身者で加齢や病気で身の回りのことができなくなった低所得の方でした。そのような方は在宅で生活保護を受けるか、現在の養護老人ホームの前身である生活保護法下に置かれていた養老施設に入所しました。
 
 養老施設に入所できる高齢者は、多少は身の回りのことができる方で、それができない何らかの身体介護を必要とする方、今の特別養護老人ホームに入所するような方は、生活保護法下の障害者施設である救護施設に入所したそうです。老人福祉法が制定されるまでは特別養護老人ホームはなかったのです。
 
このように、老人福祉法制定以前は家族が高齢者をみるということで、「老人福祉」という概念がなかったとのことです。高齢者の処遇についても、病気などは仕方ないが、呑んだり賭け事などに夢中になったりして落ちぶれて年老いた者は公的な責任でみるのかみないのか、意見が分かれたそうです。これは、生活保護でそのような高齢者をみるのかみないのか、という意味です。その議論が1960年頃まで続いたそうです。
 
戦後、日本国憲法第25条で「健康で文化的な最低限度の生活の保障」が明記され、旧・新生活保護法にも「無差別平等の原理」(生活保護を受ける者に対して国が差別的または優遇して取り扱うことなく、誰もが平等に生活保護を受けることができる、というものです)が明記されたのですが[1]、「老人福祉」という概念がなく、法が変わっても人々の意識はすぐに変わらない、ということからこのような議論になったのだと思います。
 
しかし、福祉的対応は求められます。そこで、養老施設関係者、民生委員などが高齢者の現状を訴え、一般の高齢者も各地の高齢者大会などで発言しました。
 
そして、朝日訴訟第一審判決などによって生活保護基準が上がり、施設基準も改善され、1963年には老人福祉法が制定されました。老人福祉法が制定されたことによって、一部の生活保護を受けている低所得者だけでなく一般の高齢者も法の対象になりました。養老施設は老人福祉法下に置かれ「養護老人ホーム」に、軽費老人ホーム、特別養護老人ホーム、老人福祉センターなども新設されました。また、現在の訪問介護制度の前身である家庭奉仕員制度も創設されました。老人福祉法下に置かれた施設や家庭奉仕員制度は老人福祉法に基づく費用によって運営され、利用者負担も所得に応じた応能負担となりました。養老施設に入所していた高齢者は措置委託費によってその生活を保障されました。居宅で生活保護を受けている高齢者が家庭奉仕員制度利用した場合も、老人福祉法によってその費用が賄われました。
 
一方、居宅高齢者の最低生活費に関することは老人福祉法に移しませんでした。国としては、母子・障害・高齢者などカテゴリー別の保護の体系を崩したくなかったそうです。
 
このようにして、高齢者に関する生活保護制度と老人福祉法の関係は整理されていきました。生活保護を受けるということは資力調査を伴いますので、スティグマの問題が発生します。その意味でも、高齢者の福祉的対応を老人福祉法に移したことは高齢者の福祉的対応を前進させたと思います。
 
一度は生活保護法から脱却した高齢者の福祉的対応、特に介護に関しては介護保険制度の創設によって、保険料が徴収され、自己負担分は応益負担になりました。それらが払えない場合、生活保護への移行防止策として減免制度がありますが、最終的な受け皿は生活保護制度です。

 生活保護制度側からみると、高齢者の福祉的対応は生活保護制度からやっと脱却したのに、応能負担から応益負担になったことで、また逆戻りしたのではないかと思いました。

金沢福祉専門学校教員 冨家 貴子


[1] 旧生活保護法は無差別平等といいつつ、欠格条項が設けられていた(()生活保護法第2条)。また、新生活保護法も保護の対象を「国民」とした(つまり、外国籍の人は保護の対象とならない)((新)生活保護法第2条)