22 Jan

1月のある日、とある宗教団体が行っている炊き出しに参加させて頂きました。

路上生活者とボランテイアが混在していましたが、その中に、20代の男の子がおり、はじめは、支援者なのか路上生活当事者なのかよくわかりませんでした。

他の人が声をかけると「友だちを待っている」とのこと。しばらくすると、70才前後(見た目には)の方がこられました。友だちといっても、孫と祖父ほどの年の差です。その青年は、1年ほど前まで、大阪で派遣の仕事をしていたそうですが、仕事がなくなり、大阪から京都まで歩いてきたとのこと。絵が好きで、絵の具で今でも描いているとのことです。

話しをしていると、時々、“にこっ”と笑い、とてもかわいい表情をします。この笑顔を見ると、胸がしめつけられる思いにかられます。年齢でいえば、自分の子どもに近い感じです。

聞けば、毎晩、寝る場所は決めていなくて、二人でいつも一緒に寝ているとのことです。おそらく、襲撃から身を守ったりするために、助け合って生活しているんだろうなと勝手に推測したりしました。

何度も就職を断られたりすることの繰り返しの中での自己肯定観の喪失とあわせて、路上生活が長くなればなるほど、路上生活者どうしの社会的連帯が深くなることも、また、この生活から抜けにくくなる要因のひとつであるといわれているそうです。

今の雇用状況をみれば、支援者と路上生活者の垣根は、もう、ほとんどなくなりかけているのに、支援者と路上生活の当事者の間には、まだ遠い距離も感じました。この距離をどこまで近づけていけるかを考えていきたいと思います。