「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

21 Nov

 生活保護制度では、最低限度の生活に必要な費用を、原則として金銭にて給付しています。

 ただし、医療扶助は現物給付です。


 金銭給付は、明治政府によって創設された、日本で最初の国家的な扶助法である「恤救規則」のときから採られている方法で、現在の生活保護法においては、特に金銭給付を原則にしています。

 現物給付ではなく、金銭給付としたことには大きな意味が含まれています。私たちは必要な時にスーパーや衣料品店など商店に行って、好きなものを選んで、それらをお金で購入しています。つまり、金銭だと、個々人に合わせた商品の購入が可能となるのです。生活保護費の枠内ではありますが、自分の好きなものを選択できるということは、日々の生活に潤いを持たせるうえでも大変重要なことなのです。


 しかし、何でも金銭給付にしてよい、というわけではありません。最初に医療扶助は現物給付だと書きましたが、医療扶助だけでなく、そもそも公的医療保険による医療は現物給付です。これは、病気の治療に必要な医療そのものを保障することで、病気をきちんと治すことができるようにするためです。


 そして、金銭給付になっていますが、その前に検討しなければならない問題があるのではないか、と思う扶助があります。その一つが住宅扶助です。住宅扶助は、生活保護を受ける人が住む場所に困っている場合、アパートなどの家賃を保障するものです。この住宅扶助を金銭給付にしたのは、1950年に改正された現在の生活保護法を検討する過程で、①国民の大半が借家または借間暮らしをしているので家賃を保障することが効果的である、②現物給付にあたる宿所提供施設*は住宅事情が良くなれば減っていくだろう、という判断が行われたからとされます。そして、アパートなどの家賃は、住む地域によって差があるので、地方自治体が家賃を独自に設定することができ、実際に設定しています(これを「住宅扶助特別基準」と呼びます)。


 それぞれの地域で家賃を設定しているので、最低限の住居は確保できるのではないか、と思われるかもしれません。しかし、日本には「住居の最低限」というものがありません。部屋が狭くても、部屋に台所やトイレ、風呂がなくても、足腰が悪いのに2階に住まざるを得なくても、住宅扶助特別基準内の家賃であれば、それは「最低限の住居」となってしまうのです。住居の確保を個人の責任としてきた日本の住宅政策の矛盾が生活保護に現れているのではないかと思います。


 もう一つ、検討を要すると思われる扶助があります。それは介護扶助です。介護保険制度は、①要介護度や世帯の状況によってサービス利用に制限がある、②現物給付ではなく金銭給付なので、サービス利用限度額の費用は保障するが、それを超えた場合、または給付外サービスを利用した場合は自己負担となる、③契約制であり、サービスの選択は最終的には個人の判断に任されることから、サービス利用限度額いっぱいのサービスを利用しても、それでもって最低限の介護サービスが保障されているとは限らないのです。そのような介護保険制度がそのまま生活保護制度の介護扶助に反映されているので、サービス利用限度額内なら費用負担はなくても、それでもって最低限の介護サービスが保障されているとは限らないのです。


 最低限度の生活に必要な費用を金銭給付とすることは、個々人の生活の需要を満たす上で大切なことですが、金銭給付の前に、生活保護の給付に関連する諸施策がそれぞれ「健康で文化的な」最低限度の生活を送るための基準を満たしているのか、そもそも金銭給付自体が妥当なのか、検討が必要ではないかと思います。


 *宿所提供施設は、生活保護法に定められている施設で、住宅のない生活保護を必要とする世帯に対し、宿所を提供し、それでもって住宅扶助を行うことを目的として設置されている。


金沢福祉専門学校教員 冨家 貴子