社会保障を研究する大学院ゼミのゼミ生6人+先生が送る、社会保障の今を伝えるコンテンツ。社会保障の歴史から後期高齢者医療制度まで、広く深くお伝えします。

20 Oct

 私はフィンランドの福祉制度を研究対象としています。

 初めはフィンランドという国、およびフィンランドの充実した福祉に魅力を感じ、それらについて追求してみたいと思っていただけでしたが、のちのちはその研究の成果を日本の福祉制度を考える際に何らかのかたちで生かしていけたら…と考えています。

 どの分野においても、日本という狭い世界にこもらず、海外に目を向けてそこから学ぼうとすることはとても大切なことであり、必要なことでもあります。ただし、このように他の国を取り上げたり、あるいはその制度を日本に取り入れようと試みたりする際には、単にその制度やようすにだけ焦点をあてるのではなく、その背景にあるもの、すなわち歴史、文化、政治、経済といったものにも必ず考慮しなければなりません。どんな制度であっても、うまく成り立つのはそのような諸要素が後ろから支えているからであり、それがなければ仕組み自体がどんなに優れていたとしてもうまく機能していきません。

 日本では、海外の事例を手本として取り入れようとしつつも今ひとつうまくいかない、といった状況がしばしば見られますが、それは結局ある一側面だけしか見ていないからだと思います。その国の背景、そして同時に自分たち自身の背景にも目を向け、比較した上で、日本に取り入れるにはどのようにアレンジすればよいのかを考える必要があります。

 また、日本がどのような国になりたいのか?ということも大切なポイントです。日本の政策は、概して場当たり的に作られているというか、目の前の問題にどう対応しようかということが中心で、国全体としてどのような方向に向かいたいのか、といった視点が欠けてしまっているように感じます。だから、ところどころで矛盾が生じたり、先が見えなくて漠然とした不安を抱えたり、といった問題が生じてきてしまうのだと思います。日本の政策が今ひとつうまく機能せず、なんとなく住みにくいと感じる面が多いのは、このようなところに大きな要因があるのではないでしょうか。

 それから、忘れてはならないのは、日本という国にもいいところはたくさんあるということです。問題点は目に付きやすく、それを指摘するのは比較的容易なことですが、逆に自分たちの優れた点についてはどれだけ把握できているでしょうか。私たちはつい不満を言ったり、自分の国を否定してむやみやたらと海外の事例を取り入れようと試みたりしがちですが、そのことがかえって日本という国を混乱させてしまっている側面もあるように感じます。海外の優れた制度に目を向けるのはもちろんいいことですが、同時に自分たちの優れた部分をのばしていくことも大切です。

 最近、学校での掃除の時間について話していたことがありました。日本の学校ではたいてい掃除の時間があり、自分たちで掃除をするのがあたりまえとなっていますが、他の国では清掃業者の人がすべてやってくれるところも多く、フィンランドもまたそのような国の一つです。私の知り合いのフィンランドの方は、生徒が掃除をする日本のやり方があまり気に入らないように言っていました。その時間を使えばもっと勉強ができるし、無駄が多いから、というのがその理由だそうです。しかし、私は、自分たちで掃除をすることから学ぶこともたくさんあるし、この時間は決して無駄ではなく、むしろ大切な時間であると考えます。フィンランドの教育から学ぶところはたくさんあり、この掃除の件についてもどちらが正しいとは一概には言えませんが、少なくとも私は、日本の学校から掃除の時間はなくなってほしくないと思っています。

 話が少しわかりにくくなってしまいましたが、このように日本に昔からあって優れていると思われるものは、案外たくさんあります。海外を真似るばかりで、せっかく持っていたものをわざわざなくしてしまうのは、非常にもったいないことです。まずは自分たち自身を見て、良い部分・悪い部分を挙げてみる。そして海外の事例をその背景とともに着目し(この際にも、良い部分・悪い部分の両方に目を向けることは欠かせません。たとえば北欧の福祉にしても、日本ではいい面ばかりが取り上げられていますが、問題点にももっときちんと注目していく必要があります)、日本がこれから目指すべき方向を考慮しつつ、日本でどのように応用していくかを吟味する。このことが、これからの日本に必要なプロセスであり、より住みやすい社会への第一歩と言えるのではないでしょうか。

野々垣麻由美