社会保障を研究する大学院ゼミのゼミ生6人+先生が送る、社会保障の今を伝えるコンテンツ。社会保障の歴史から後期高齢者医療制度まで、広く深くお伝えします。

18 Sep

 2008年4月から大学院生として、私にとっては実に25年ぶりの学生生活がスタートしました。この「ゼミの窓から」では看護師の経験を通して、社会保障について考えていきたいと思います。

 

 1979年4月、看護学校を卒業後、看護師として働き始めました。新人としてのスタートは、当時も現在も同じで、看護師の資格はあっても一人では何もできません。不安と緊張でいっぱいの新人時代に、忘れられない患者さんとの出会いがありました。

 60代の男性のSさんは、白血病の再発のため何度も入退院をくりかえされる中、病状も正確に把握され、つらい化学療法にも「もしかしたら、明日、新しい治療法が見つかって治るかもしれない。だから、一日でも長く生きていたい」と、また医師をはじめとする医療スタッフに「病気である自分自身の身体を医療の発展のために役立てたいと考えている」ということを折に触れ、話されていました。


 看護師として少しずつ経験を重ねたある日、検査の担当であった私は、血液検査のためSさんのところへ採血にうかがったのですが、何度も採血や注射をくりかえしているSさんの血管から採血できる自信はなく「私では採れそうにないので、他の人と交代してきます」と告げました。するとSさんは「失敗してもいいから、練習と思って採血してごらん。何回でもいいよ」と腕を出されました。緊張しながら血管を探していると「ここをこの角度で」と指して教えてくださり、そのとおりにするとうまく血液が採れました。ほっとしている私を見て、自分のことのように喜んでくださり「これでもう大丈夫。どんな血管でも採血できるよ」と励ましてくださいました。苦痛の多い中、新人看護師を育てようと、手を出して採血を勧めるSさんの姿に頭が下がりました。その後、採血は不安なく行えるようになっていきました。

 それから約半年後に、多くの医療スタッフに見守られ、信頼していた主治医の名前を呼びながらSさんは亡くなりました。一年目の看護師であった私は、Sさんとの出会いによって、人が生きるということ、そして「死」について、医療者としての在り方を考えていく基本となり、看護師としての仕事をしていく中で、「Sさんの生命」を通して、一人ひとりの生命の尊重の重要性を問い、考えて、援助していくということが大きな課題となっていきました。また、このようにして医療者は、一人ひとりの「生命」によって育まれ、成長していくのではないかと思います。

 しかし、1980年代からの医療費を中心とする社会保障費抑制の経過は、医療現場で生命の尊厳を守ろうと日夜懸命に働き続けている医療者たちの苦悩の経過であり、現在日本の医療は崩壊の危機につながっています。「生命」に育てられた医療者が、希望をもって働き続けられることが、今、重要なのではないかと思っています。

 

立命館大学大学院 社会学研究科1年 櫂谷友子