29 Jul

 超左翼マガジン『ロスジェネ』という雑誌が創刊されたことをご存知だろうか。
 一連なりの妖怪が ――「ロストジェネレーション」という名の妖怪が、日本中を歩き回っている。


  就職超氷河期(1990年代という「失われた十年」)に社会へと送り出された20代後半から30代半ばの私たちは、いまだ名づけられ得ぬ存在として日々働き暮らし死んでいきつつある……、その数2000万人。
  「ワーキングプア」「フリーター」「ひきこもり」「ニート」「うつ病世代」「貧乏くじ世代」「負け組」「下流」「ロストジェネレーション」……。世間が私たちをさまざまなレッテルで一括りにする。しかし、私たちは、「レッテル貼り」によって目の前にある問題や矛盾が隠されたり、未解決のまま先送りされることをのぞまない。
  そして、私たちが抱える苦しみと悲しみを、「自己責任」という言葉で片づけたくない。これまで感情を押し殺して黙って生きてきたけれど、いまになってやっと、自分たちが「怒ってもいいのだ!」と気づいたから。――「ロスジェネ宣言」より。


 先日、神戸三ノ宮で開かれた「市民社会フォーラム」に、『ロスジェネ』編集長の
浅尾大輔氏がやってくるというので、会いに行ってきた。浅尾氏は組合オルグとして活動しながら、新潮新人賞を受賞した文学者。Blog「言葉で、最後まで、たたかい続けるのだ!」をカキコしている。浅尾氏が話したことは、いま、自民党政治の終わりの「弔いの鐘」が鳴り始めている-ということ。昨年、2007年はそんな転換の年として、いつか語られるのだろう。
 小林多喜二の「蟹工船」が若い人たちの間でブームになり、すでに46万部を増刷した。エッセーコンテストの入賞作をまとめた『私たちはいかに「蟹工船」を読んだか』も話題になっている。「蟹工船の臭いを嗅いだことがある。この汚さを知っている」「いままさに、蟹工船に乗って働いている」「私の兄弟たちが、ここにいる」-非正規雇用の女性美容師、23歳の感想だ。
 プロレタリア文学が現実になっている(雨宮処凛)・・・。「反貧困ネットワーク」に結集する団体を中心に、活動が広がり、そして時代が動き始めた。グッドウィルの未払い賃金、Shop99の名ばかり店長、すき屋の残業代未払い、美容室Ashの労基法違反の告発・・・。次々と、着実に、かつ若者らしい元気なたたかいが、燎原の火のように燃えている。
 今年1月に成立した薬害肝炎救済法のたたかいもまた、青年の力が原動力だった。原告、福田衣里子さんは27歳。出生時の止血剤で感染した。「ただ生きているだけの時期もありました。でも、この裁判を通して多くの人のためになるのなら、私の生きている意味があると思った。私たちだけがうれしいという結果ではだめです」
 ――連帯の力が、自己責任論を乗り越え始めた!


 支配層の力は強力だ。日本経団連は42の政策委員会を始め合計58の機構を持ち、そのメンバーが政府の諮問委員会や審議会に参加し政府を意のままにコントロールしている。1990年代半ばから本格化した「新自由主義」は、大企業の競争力強化こそが日本を成長させると頑迷に主張して、大企業減税や労働法制の改悪、社会保障の切り捨てを強めた。そして、こうした施策をすすめるためのイデオローグ、それこそが「自己責任」論だった。本来責任を負う立場のものにとって、これほど都合のいい理屈はない。
 「自己責任」論は社会を分断した。分断されたひとり一人は「生存」を脅かされ、「誇り」「未来」という“生きる意味”すら無惨に壊された。そして、社会から排除された人々が「自分自身からの排除」にまで至ることは地続きだった。社会の誰からも必要とされない(と思わされた)自分を、いったい誰が愛せるだろうか。
 ネットカフェで生活する女の子のドキュメントが
YouTubeに上がっている。カメラが彼女の手帳をズームする。そこに綴られている言葉は、「強くなる」「我慢する」・・・泣きそうになった。それ以上耐えなくていい!君が悪いんじゃないのに! ――この国の支配層は、一日に100人が自殺を選んでしまう日本をつくった。

 ところがいま、若者はその支配者の「ウソ」に気づき始め、反撃を開始したのだ。サウンドデモや集団散歩といった新しいスタイルで、マスコミを向うに回して労使交渉の模様(
美容室Ash)を動画配信するかっこよさで!

 ロストジェネレーションの当事者である若い世代が行動を始めた。さて、私たちおじさんはどうする?
 「蟹工船」ではストライキに立ち上がったひとりが「やれ、やれ」と言ったのを受けて、学生上がりの労働者が言う。「やれやれじゃねぇ。やろう、やろうだ」。 ――もしも、「当事者でないので」、「若者の活動には参加しにくい」、などと思うなら、それはやはり「自己責任論」によってつくられた「世代間」分断にまんまと絡めとられて、支配層の意のままになってしまう道なのだと思う。
 うきうきとするこの時代。おじさんならではの経験と知恵と財力(ない!?)で、連帯したいと思う。若者たちよ、どうか排除しないでね。