社会保障を研究する大学院ゼミのゼミ生6人+先生が送る、社会保障の今を伝えるコンテンツ。社会保障の歴史から後期高齢者医療制度まで、広く深くお伝えします。

24 Jul

 2007年、アメリカの著名な映画監督であるマイケル=ムーアがアメリカの医療の現状を批判的な見地から描いたドキュメンタリー映画、「SICKO」が公開された。

  日本においては「テロより怖い医療問題」という衝撃的なキャッチコピーを冠して話題を呼んだ作品である。マイケル=ムーア監督はそれまでも有名な作品としては、アメリカの銃社会の恐怖とその再生産を批判した「Bowling for Columbine」、9.11テロやイラク戦争に関わってブッシュ政権への批判的内容である「華氏911」などがあり、アポなしインタビューなどの強烈な手法と痛烈な批判的内容で有名な監督である。映画「SICKO」の中においては、空前の利益を上げる営利主義一辺倒の医療保険会社や製薬会社の実態や、それと政治献金によって癒着した政治家という、アメリカ医療の構造が暴き出されている。 

  しかし、いくら保険に加入していても、保険会社はあらゆる手段を講じて保険給付を拒否しようとするため、結局の所、保険給付によってカバーされる範囲はかなり限定的である。高額の医療費を負担できない貧困層や中間層の人々は、医者にかかって借金漬けになるか、医療を受けるのを諦めるかという究極的な選択を迫られることとなる。

 映画の中に登場する人物で、以前に保険会社の医療審査医(簡単に言えば保険加入者の傷病に対して、保険給付が適正か否かを決定する医師)であったリンダ=ピーノ医師が、アメリカの医療保険会社の本質を表す言葉を言っている。彼女によれば、「保険会社にとって保険給付は医療損失という損なの」であり、「医師が医療を拒むこと。それが保険会社の得になる」のだという。

 アメリカにおいては「医療を受ける」という行為はあくまで市場におけるビジネスである。保険会社にとって “最大限の利益”を追求し、利益を投資家に還元することは至上目的であり、民間会社である限り当然のことである。したがって、出来る限りのリスクやコストを避けるのは当然のことであり、リスクの高い人間の保険加入を拒み、コストとしての保険給付をあらゆる手段で抑えようとするのは必然のことである。しかし、自分の身に置き換えて考えてみて欲しい。自分の命が危機に瀕した時、それを“コスト”として扱われることに違和感はないだろうか?

 「金が無ければ死ぬしかない」。いったいいつの時代の話だろうか。しかし、この事実はアメリカでは厳然たるリアリティをもって人々を脅かしているのである。
  「SICKO」の中で語られたアメリカの医療の現状は、もはや日本にとっては他人事ではない。今現在、テレビをつけてみて私的医療保険のCMを見ない日はほとんど無いといっていいだろう。「誰にでも入れる」「加入審査はほとんど無い」などのキャッチフレーズで加入を勧めるCMはいまや日本においても溢れ返っている。

 日本においては国民皆保険制度が1961年以来成立している。しかし、その適用範囲は徐々に狭められ、自己負担割合も年々増加してきた。また、保険料を滞納する人間に対し、一時的とはいえ医療費が全額自己負担となる「資格証明書」の発行も問題となってきている。日本民医連の調査では資格証明書の発行を受けた人が、医療を受けられず死亡したという事例も事実として存在する。
 アメリカにおける「金が無ければ死ぬしかない」という現状は、いまや日本においてもリアリティを持ち始めているのである。

立命館大学 社会学研究科 人間福祉専攻  西川 知秀