「生活保護」という言葉に、みなさんどんなイメージをお持ちですか。
 ポジティブかネガティブかと問われれば、ネガティブな印象をお持ちの方が大半ではないでしょうか。なぜでしょう。それは、生活保護に絡んだ話題の多くが「不正受給」、または「打ち切り」「水際作戦」など、生活保護を受けたくても受けられない、そしてその結果、「孤独死」が起きた、などというものばかりで、「生保のおかげで助かった」とか「生保があるから安心」などの話を一切聞かないからではないでしょうか。
 なんでそんなことになってしまっているのか。「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」との憲法条文はどうなってしまったのか。生活保護をめぐる動向から探っていきたいと思います。

19 Jul

     ―生存権裁判東京地裁判決を読んで―

  生活保護制度の老齢・母子加算削減・廃止は憲法25条、生活保護法に反するとして提訴された訴訟は「生存権裁判」と呼ばれています。2005年4月に京都地裁に提訴されたのを皮切りに、今では全国9地裁、100名以上の原告へと広がっています。その最初の判決が、2008年6月26日東京地裁で言い渡されました。
 
判決に触れる前に、最低生活費としてどのようなものが保障されているのか、ごくごく大まかにみていきたいと思います。

 生活保護には8つの扶助(生活扶助、住宅扶助、医療扶助、教育扶助、生業扶助、介護扶助、出産扶助、葬祭扶助)があります。これらの扶助は、生活保護が必要な世帯の状況に合わせて組み合わされ、生活保護費として支給されます。
  そのひとつ、生活扶助は、食費、被服費、光熱水費、家事用品費、教養娯楽費、交際費などを保障する扶助で、第一類費と第二類費に分かれます。第一類費は個人にかかる費用(食費、被服費、教養娯楽費、交際費など)、第二類費は世帯にかかる費用(光熱水費、家事用品費、教養娯楽費、交際費など)を保障します。

  生活扶助はこれだけではなく、個人の特殊な需要に対応するために、第1類費に「加算」制度を設けています。ここで取り上げている老齢加算は、高齢になると噛む力が弱くなるので食事に気を配らなければならない、暑さ寒さに弱くなるので冷暖房費や衣類が余分に必要となる、社会関係が広くなるので、冠婚葬祭費など交際費が他の年代よりも必要となる、母子加算は、子育てをしている一人親は、一般世帯よりも余計に子育てにエネルギーが必要となる、学校行事に参加するために被服代が余計にかかる、などとしてその費用を保障するものです。この加算を合わせて、初めて高齢者や一人親世帯の最低生活が保障されます。

  ところが、「骨太方針2003」で、この2つの加算の見直しが打ち出され、厚生労働省は、低所得世帯の消費支出が生活扶助基準よりも低いことから、「廃止」を打ち出しました。これでは「健康で文化的な」最低限度の生活を送ることができない、と老齢加算を支給されていた高齢者、母子加算を支給されていた一人親が提訴したのが、最初に述べた「生存権裁判」です。

  東京での生存権裁判は、原告が老齢加算対象者のみでした。結果は、原告側の敗訴となりました。裁判所は、その主な理由として、①60~69歳と70歳以上の第1/10分位低所得世帯の消費支出を比較すると、70歳以上の消費支出が少ない、②生活扶助基準のモデルとなっている勤労3人世帯(夫婦とその子ども)の生活扶助基準が一般世帯の7割の水準に達した、したがって、①②より、老齢加算をなくしても、高齢者の需要全般をまかなうことはできる、ことを取り上げています。これは、厚生労働省が老齢加算廃止を打ち出した理由と全く同じです。

  私はこの判決に疑問を持っています。第1/10分位にある所得とは、あらゆる世帯の所得を10に分けて、その中で一番低い所得を指すのですが、この分位にある高齢者世帯の消費支出のほうが生活扶助基準よりも低いということは、本来生活保護を受けることができるのに、それができていない世帯が含まれている可能性があります。生活保護の必要な世帯のうち、どれだけの世帯が実際に生活保護を受けているかを表す比率を「補足率」、英語では“take up rate”と言います。厚生省・厚生労働省は、1960年代半ば頃から、この補足率を明らかにしていません。研究者の推測によると、日本の補足率は10数%とも、20%ともいわれています。生活保護を受けられるはずが、受けることができないでいたとしたら、これこそ問題です。

  ここでは、第1/10分位と比較していますが、この分位にある世帯が、どのような生活を営んでいるのかは、全く検証されていません。
  厚生労働省は、60~69歳と70歳以上を比較していますが、1980年代に厚生省が老齢加算を検証したときは、若年夫婦世帯(40代)と高齢夫婦世帯(70代)でした。今回のように、加齢による同じような生活を送っている年齢層と比較して、高齢者の特別な需要を検討できるのか、疑問です。
  また、生活保護世帯の消費水準は一般世帯の7割に達した、と言っていますが、それでは、一般世帯の「7割」とはどのような生活を指すのか、今日まで明らかにされていません。

  この判決は、生活保護を受けている高齢者だけの問題ではありません。生活保護基準以下で暮している高齢  者がいても、生活保護基準を削減していけば、その高齢者は「貧困」であるとみなされなくなります。また、生活保護基準以下の年金しか支給されていなくとも、生活保護基準を削減していけば、年金の低さは問題とされなくなります。特に、年金の最低限のない日本では、年金の最低限については問題とされなくなることになります。

  「健康で文化的な」最低限度の生活とは何かが具体的に明らかにされないまま、生活保護基準を引き下げることを容認してしまえば、この先、あらゆる理由をつけて、いくらでも生活保護基準を引き下げることが可能になってしまいます。労働者の賃金、社会保障給付、社会福祉施設の生活基準などにも確実に影響を与えます。
  社会が2極化する中で、今、改めて、「健康で文化的な」最低限度の生活とは何か、一人ひとりが具体的に考えることが必要ではないかと思います。
 
金沢福祉専門学校教員 冨家 貴子